内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
「気分転換に少し遠回りして散歩でもしていかないか? 夜はあちこちライトアップされているんだ」
食事を済ませレストランをでると、蒼佑は藍里を散歩へといざなった。
夜のフィレンツェは観光客が減り、昼間とはまったく違う顔を見せる。
ライトアップされたドゥオモは目を引く派手さはないけれど、得も言われぬ静謐さを感じさせた。
一日の役目を終え夜の帳に包まれたフィレンツェの街は優美な影に身を潜め、ひたすら夜明けを待っている。
「綺麗ですね」
「そうだな」
それ以上の会話は要らない気がした。
アルノ川沿いを歩くふたりをオレンジ色の光が包み込む。
蒼佑は藍里のとなりにピタリと寄り添い、川面から吹く冷たい夜風から身を挺して守ってくれた。
(私、変だ……)
先ほどから頭がふわふわして、足もとがおぼつかない。蒼佑の息遣いに耳をそばたて、靴音ひとつにも敏感に反応してしまう。
(お酒のせい? それとも……)
蒼佑がそばにいるだけで、きゅうと胸が苦しくなる。誰かを想うと居ても立っても居られないこの気持ちには身に覚えがある。
(こんな気持ちになるなんて)
夜のフィレンツェなんてもう二度と来られないかもしれないのに、今はこの街並みよりも蒼佑の横顔を見ていたかった。