内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。

「今日は楽しかった。おやすみ」
「おやすみなさい」

 夜の散歩からホテルへ戻ると、藍里達はそれぞれの部屋に入った。
 手早くシャワーを済ませベッドで横になったものの、目が冴えてうまく眠れそうにない。
 肌触りのよい最高級のガウンと、スプリングのきいたマットレスも効果は薄い。
 ライトアップされたフィレンツェの街と、蒼佑の横顔がいつまでも頭の中にチラついて。

(恋人とかいるのかな……)

 ひとりでバカンスを楽しんでいるからといって、家族や恋人がいないと断言できない。
 よく考えたら彼について知っているのは名前だけで、職業はおろか年齢すら尋ねていない。
 面と向かって尋ねる勇気もないくせに、芽生え始めたばかりの気持ちに蓋をする理由ばかりを考えているなんて、おかしな話だ。

(水でも飲もうかな)

 喉の渇きをおぼえた藍里はベッドから起き上がり、ゲストルームを離れた。
 リビングルームに併設されているミニキッチンまで足を運ぶと、ひっそりと動く影があった。
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