内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
「へえ……。こんなの置いてあっってたんだ」
「とってもかわいいですよね! おじい様って犬が好きだったんですか?」
「どうだろう。ペットは飼っていなかったけど」
「誰かからの貰い物なんでしょうかね?」
「よく見ると、なかなか愛嬌のある顔をしているな」
「蒼佑さんはどの子がお好きですか?」
「この茶色い毛の犬かな」
「私はこっちの白い毛の子かな。黒い毛の子も捨てがたいですけど」
仔犬の掛け軸の効果なのか、緊張感が薄れ、自然と会話に花が咲いていく。
(久し振りだな、この感じ)
ふたりでたわいもない話をしていると、フィレンツェで過ごした時間を思い出してしまう。
「こうしているとフィレンツェのカフェで話し込んでいたときを思い出すな」
どうやら、藍里だけでなく蒼佑も同じことを考えていたようだ。
なんとはなしに視線が絡み合い、ドキンと心臓が跳ね上がる。
「藍里」
一歩また一歩と近づいてくる彼の気配を感じ、藍里は思わずぎゅっと目を瞑った。
「……髪に埃がついてる」
「へ?」
蒼佑は藍里の髪に指を滑らせると、拭い去った埃をゴミ箱に捨てた。
「もうとれたよ」
「あ、ありがとうごさいます……」
「そろそろお開きにしようか。藍里も仕事で疲れているだろうしな」
「はい」
その後、藍里は掛け軸を箱にしまうとテーブルの上を軽く片づけ、コレクションルームの前で執務室に行くという蒼佑と別れた。