お嬢様、庭に恋をしました。

普通の日のなかに、ひとつだけ揺れるもの。

「舞花さん、これ、例の特集ページのリンクですー」

「ありがとう、河原くん。こっちは写真差し替えたらアップできそう」
 
午前11時。
週に数回の出社日。オフィスの空調はちょっと冷えるけど、やっぱり誰かと顔を合わせて話すのは悪くない。
 
「ねえ河原くん。ここのキャプション、“ナチュラルな暮らしを叶える家”って文言どう思う?」

「んー……いいんじゃないですか?でも“叶える”って言葉、ややポエミーすぎるかも」

「あ、わかる。それな」
 
向かいの席では、同じチームの河原くんと美羽がいつものように軽口を叩き合ってる。
ちなみに河原くんは“感じのいい男子代表”みたいな人で、
社内ではちょいちょい「舞花さん狙い説」が流れることもあるらしいけど──
 
(……ないなあ)
 
「あれ? 舞花さん、河原に今、“ないなあ”って思った顔したでしょ」

「え、してないしてない!なんの話?」

「いや絶対してたよね今!なんか“恋の可能性ゼロ!”みたいなやつ!」

「やめて人の顔読まないで。AIなの?」
 
笑いながらチャットをまとめて送信。
だけど──ふとした瞬間、考えてしまう。
 
(……椎名さんだったら、この文章、なんて言うかな)
(“葉っぱが多すぎます”とか、“風通しが悪いです”とか……絶対庭師目線でくるよなぁ)
 
自然と、スマホに手が伸びる。
でも、LINEはとくに何も届いてない。
 
(そもそも連絡なんて取ってないし。仕事関係でもないし)
(でも、今どこで何してるんだろ……って思っちゃうのは、完全にアウトだよね)
 
「舞花さーん、昼行くなら一緒に行こー」

「はいはーい。……って、河原くん、お弁当のフタ逆じゃない?」

「えっ!? え、これ逆!? うそ、まじ!?」

「まじ。ごはんがカレーの上に乗ってる、斬新すぎるやつ」
 
笑い声の中でも、
頭の片隅では、庭の風の音を思い出していた。
 
“普通の日常”の中に、
ひとつだけ、静かに揺れるものがある。
 
──それが、“恋”かなって、思う。


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