お嬢様、庭に恋をしました。

それ、恋って言うんですよ!? by 美羽

オフィスからの帰り道、
昼間は晴れていたのに、夕方からは雲が広がっていた。
 
「……降りそうだな〜」と思いながらも、
舞花は帰宅後すぐにマグにカフェラテを入れて、ふらっと庭に出た。
 
高橋さんから「雨の前は風が変わる」と言われたのを思い出して、
空を見上げていると──
 
「あれ……スマホ、どこやった?」
 
ポケットのつもりでマグを持って出たせいで、
手ぶらで出てきていた舞花は、慌ててベンチの周辺を探す。
 
「え、ウソ、落とした? 私、ついに庭にスマホ埋めた?!」
 
と、そのとき──
 
「……これ、探し物ですか?」
 
低めの声と同時に、
アナベルの植え込みのあたりから、黒い作業手袋に包まれた手がスマホを差し出していた。
 
「うわっ、びっくりした!!……って、椎名さん! どこから湧いたんですか!」
 
「作業してただけです。湧いてません」
 
「いや、ほぼ神出鬼没! てかありがとうございます……助かりました」
 
「さっき落ちる音がしたので」
 
(聞かれてた……!? じゃあ私の“埋めた!?”も聞かれてた……!?)
 
頬がカッと熱くなって、カフェラテでごまかそうとしたそのとき。
 
──パチッ。
 
庭の小さなライトが、ひとつだけ突然、消えた。
 
「あれ? ライト……切れました?」
 
「ああ、たまに接触不良があるんです。……少し暗くなりますよ」
 
「……え、こわ。虫とか出ない? ていうか、誰かいきなり現れたらホラーなんですけど……!」
 
「現れるのは自分くらいです」
 
「それが一番怖いかもしれない……!」
 
笑いながら、ふと視界が暗くなると、
いつの間にか傘のように手が伸びてきて、肩にそっと触れた。
 
「段差、見えにくいので」
 
「あ、ありがとうございます……」
 
一瞬だけ触れた手の感触が、やけにリアルで、
舞花は心臓がドクンと鳴るのを自覚した。
 
(……近い。暗い。ちょっと、キュン死ぬ)
 
そんな状態のまま、玄関まで戻ったとき──
 
《着信:美羽》
 
(──え、今? え、タイミング神?)
 
通話をオンにした瞬間、美羽の声が炸裂する。
 
「今どこ!?」
「え? 庭から帰ってきたけど」
「庭!? 夜!? 雨降るって言ったのに!? で、椎名さんいた?」
 
「いたけど……っていうか、なんで知ってるの?」
 
「今の舞花の“ちょっと甘酸っぱいトーン”で分かったわ!」
 
「何それ新機能!?」
 
「で、肩とか触れた!? 触れたでしょ!? その“ちょっとテンパった呼吸”は触れたでしょ!!」
 
「うるさいなぁ……触れたけども!!」
 
「はい!それ恋って言うんですよーーーッ!!」
 
思わずスマホを遠ざけながらも、
舞花の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。
 
(……触れたの、数秒。
でも、それだけで、こんなにドキドキするなんて)
 
カフェラテよりもあったかい気持ちが、
胸の中でじんわり広がっていく。
 
──恋って、たぶん、こういうことなんだと思った。

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