悪女の私を、ご所望なのでしょう?

20-ほころぶ嘘と、現れる罪

「見てください、この宝石を! こんなのをたくさん持っている公爵令嬢、みんなどう思います!?」

 いくつもの煌めくガラスを掲げ、メイベルさんは声を張る。

 ――本当にやるとは……

 呆れるあまり、額に手をやってしまう。
 なんて言おうかしら……そんな風に思っていると、近くから声が上がった。

「それって、どうやって持ってこられたんですの?」
「えっ?」

 アイリーヌ様がガラスを指さして問うなり、メイベルさんの顔が固まる。

「エレーヌ様がそういった宝石をお持ちなっているのは脇に置いておいて、その宝石をなぜメイベルさん、あなたがお持ちなのでしょう?」
「これは……そう! も、もらったのよ!」
「それはおかしいですわ! エレーヌ様は周りの方にほいほいと豪華な品々をばら撒くような方ではありませんし、あげる際もしっかりとしたものを渡すお方です」
「じゃ、じゃあ、私がもらってもおかしくないじゃない!」
「いえ、絶対におかしいですわ」
「何がよ!」

 壇上でメイベルさんがどんどんヒートアップしていく。
 最後のほうなんかほぼ金切り声に近い。
 彼女の叫びに、アイリーヌ様は少しの間黙っていたが、広間が静寂になった一瞬の隙をついて言う。

「その石は、宝石ではなく、ただのガラスですもの」
「……えっ?」

 辺りから「たしかに」「やっぱりそうだよな?」といった呟きやざわめきが聞こえる。
 やはり、遠くから見てもあの石は宝石には見えないまがい物。

「皆さん、静粛に」

 ざわめく広間内に、突如として凛とした女性の声が響く。
 さらには私の周りにいた治安騎士が一斉に動いたかと思うと、壇上に上がり、メイベルさんを取り囲みはじめた。

「あなたには、窃盗の疑いが持たれています」

 前に出てきたのは――お母様だった。

「治安騎士、統括騎士隊長の名の下に、あなたを捕縛します」
「あ、あんた! あそこの女主人じゃないのよ!」
「まさか、人の家から物を盗むためにメイドに立候補されるなんて、びっくりしてしまったわ。……あ、まだ連れてはいかないでね」

 お母様がそう言うと、治安騎士たちはメイベルさんを動けないように拘束し、壇上から降りられないようにしてしまった。

「さ、まだまだボロは出るみたいだから、最後まであなたにはこの場にいてもらうわよ」

 そう告げ、お母様はこちらを見るなりウインクをしてきた。
 凛とした声はまるで噂で聞いたことのある女傑だったのに、その行動自体はお母様だ。

 ――というか、治安騎士の統括騎士隊長って、どういうことかしら。

 あとでいろいろと聞かないといけない……そう思いながら、私は視線を壇上に戻した。

「それで、ディル殿下。ほかに何かございますか?」
「くっ……メ、メイベルを放せ! この邪道!」
「……ないようですね。では、こちらの番とさせていただきます」

 すると、私の隣に人がやってくる気配がした。

「ディル殿下」

 お父様だ。こちらも低く落ち着いた声で彼の名前を呼ぶ。

「あなたには、横領の疑いが持たれています。王妃殿下からの臨時予算以外にも……とっても好きにされたそうですねぇ」

 手元には紙束があり、それをペラペラとめくっている。

「や、やめ――」
「横領の方法も、予算の使い道も、すべてこちらに報告がありますので、すべてご一緒に確認いたしましょうか。お母上の王妃殿下と」
「……はぁ。まさかこんなことになるとはね」

 ディル殿下の叫びなど物ともしないお父様の隣に、顔色がとんと悪くなった王妃殿下がやってくる。
 しっかりと歩いて前に出てくると、壇上のディル殿下を睨みつけた。

「さて、まずは横領の方法ですが……ずいぶんと王族命令を発令したようで。この4年で、数百回を超えて発令し、経理官に数字を書き換えさせたうえで、他の王子たちの予算からお金を奪ったという証拠が出ております。横領以外にも、いろいろと罪はありそうです」
「ち、ちがっ」
「しかも王族命令と称して、その差額を、経理官に立て替えさせたんですってね? なんと暴虐なことをする」
「それは、あいつが言ったんだ! 私が立て替えしてやるとな! だから俺は――」
「あら。じゃあこの宣誓書は何かしら?」

 お父様の隣にいた王妃殿下が懐から紙を取り出す。
 宣誓書、と書かれたそれには細かな字が羅列してあるが、下のほうには名前と拇印があった。

「その経理官、しっかりとお仕事をされていたから、私のもとに報告に来たのよ。この宣誓書は、言ったことが噓ではないという誓いの書類なの」

 そう言い、王妃殿下はため息をつく。
 静かな広間には、呆れたようなため息はとてもよく響いた。

「さて、その予算の使い道ですが……王家御用達の商店のバッグが多数に、ジュエリーもたくさん、あとは美味しい食事にも行ったようですね」
「お、王族だから仕方ないだろう! 接待もあるからな!」
「たしかに。では、この『使途不明金』についてもご説明しましょうか」
「お、おい! やめ――」

 ディル殿下は勢いよく壇上を飛び降りようとする。
 しかし治安騎士に抑え込まれてしまった。

「あなた、ご自身に割り当てられた予算をロドラーレル商会にそのまま横流ししましたね?」

 ――やはり、そうだったのね……

 内心で私はそう呟く。
 周囲の人も一瞬ざわつき、視線をディル殿下に向けた。

「公金を民間にそのまま渡す、というのはよくないですねぇ……しかも、ロドラーレル商会の方々から、ずいぶんとおもてなしをされたみたいで」
「や、やめろ! それ以上は!」
「惚れた女に貢いだみたいで何よりです。ただそれが原因で他人の予算を奪って使い込み、経理官に王族命令で立て替えさせるのは、よろしくないことです」
「はっ! それの何が悪い!」

 ついに、ディル殿下は開き直ってしまった。
 彼は目を血走らせ、口を歪ませて叫ぶ。

「俺は王族だ! この国で一番えらい存在。何をしようと捕まらないし、誰よりも自由に豪華に暮らせるんだ! たかが庶民に金を渡したくらいで、王族たるこの俺が――」
「あ、違いますよ」

 しかしお父様の言葉で、遮られてしまった。
 お父様は一度王妃殿下に視線を向ける。
 王妃殿下がふるふると首を横に振って俯くと、お父様は再び視線をディル殿下に戻し、衝撃的な言葉を告げた。

「すでに王国治安部で沙汰が下されていますが……」

 そう言って、お父様はディル殿下を指さした。

「――あなたはもう、王族ではありません」
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