悪女の私を、ご所望なのでしょう?
21-だってあなたたちが
「は……は?」
呆然といった様子で、目がこぼれ出んばかりに見開くディル殿下。
そんな彼をよそに、お父様は淡々と続けた。
「正確に言うと、王族特権の停止ですがね。王国治安部の臨時会議により、賛成15、反対1でディル殿下は王族としての責務を果たしていないという判断が下されました」
「そ、そんな馬鹿な! 俺が王族としての責務を果たしていないだと!?」
「では逆に聞きますが、どんな責務を果たしているのでしょう?」
お父様は表情を一切変えないままディル殿下にそう尋ねた。
喜怒哀楽を感じさせない無の表情は、それはそれで威圧感がある。
ぐっ、と一瞬は威圧に負けかけたものの、ディル殿下はすぐにお父様に向かって叫び始めた。
「王族は、生まれたときから人前に晒され続け、貴重な時間を外交にさかれ、婚約相手も選べず、自分の好きな学問も学べない。王子教育なんていう訳のわからんものに時間をとられて遊ぶ時間すらないじゃないか! これを我慢して受けているのだぞ、こちらは!」
「……なるほど?」
「だからこそ、王族特権として俺は何をしてもいい! 何をしても許される! 平民も貴族も我ら王族にひれ伏して、すべての言うことを聞けばいいのだ!」
「はぁ」
お父様はなんだかやる気のなさそうな返事しかしていない。
よく見ると演説するディル殿下を一切見ずに、手元の書類に視線を落としていた。
「そしてこの俺が――」
「あ、もう結構です」
しかし長々と続いた演説も、お父様の言葉で一蹴された。
「ディル殿下。たしかにあなたはご自身で王族になりたいと選んだわけではなく、そこに生まれ落ちた存在ですから、言わんとしていることはわかります」
「だろう? だからこそ――」
「ですが、その責務は本当に果たされておりますか?」
お父様がその質問をした直後、一瞬の静寂が訪れる。
ディル殿下が何かを言おうとしたが、お父様のほうが早かった。
「こちらの記録によれば、外交のための社交パーティーにはほとんど出ず、出たとしても最初の数分。婚約相手を放っておいて見知らぬ庶民と勝手に愛し合い、学園はすでに退学され、王子教育は一度も出ていないようですが」
「……っ!」
「それで特権を使おう、というのは、いささか話が違うものでは?」
ディル殿下の顔が一気に真っ赤になっていく。
それを見るお父様は、先ほどと変わらず非常に冷ややかなものだった。
「そのあたりはご自身のお父様やお母様に直談判されるとよろしいでしょう。ただ、私の娘を平民との恋愛の踏み台にするというのは、特権ではなくただの侵害かと思いますが」
お父様の目が細まり、ワントーン声が低くなった。
こんなお父様の怖い声なんて聞いたことがなくて、ふるりと震えてしまう。
「だ、だが! それについては、別に罪を犯しているわけではないだろう!」
「ええ。この国では、自分の恋愛を成就させるために他人を踏み台にする、ということが罪としては制定されておりませんから」
コツコツ、と靴音を鳴らし、お父様は壇のほうへ向かっていく。
ディル殿下は後ろに下がろうにも治安騎士がいて下がれず、かといって降りることもせず、その場に立ち尽くしていた。
そうしてお父様はディル殿下のすぐ目の前に立った。
壇があるせいでお父様が彼を見上げる形になる。
なのにお父様のほうが大きく見えるような気がした。
「罪として成立することはありませんが、人間の記憶には残ります。そして踏み台にしたほうはそれを忘れていくことでしょう。……ですが」
私はお父様の後ろ姿しか見えないので、お父様がいまどんな表情になっているかがわからない。
ただ、お父様に相対するディル殿下の表情が、恐ろしいものを見る目に変わっていったのだけはわかった。
「踏み台にされたほうは、一生あなたを恨むことになります。たとえば、こうやって粗を探してあなたを引きずり下ろそうとするくらいには、ね」
最後の言葉は、お腹の底に響くくらい低い声だった。
ディル殿下は立てなくなったのか、その場で膝が崩れてうずくまってしまう。
お父様はそんな彼を一瞥するなりきびすを返してこちらへ歩いてくる。
「ですが私は優しいですから、あなたの命を奪うような行為はいたしません。平民の女と結婚したいのなら、あなたも平民になるとよろしい」
「へっ?」
「ディル」
お父様の話を引き継いだのは、王妃殿下だった。
彼女はディル殿下の名前を呼び、一歩前に歩み出る。
お顔こそしっかりと引き締めていたものの、泣きそうだった。
「あなたから王族としての身分を剝奪いたします。これまで王族としての責務を果たさず権利だけを享受し、あまつさえ罪を犯したことを反省なさい」
「お、お母様――」
ディル殿下の叫びを聞かず、王妃殿下はそのまま広間から退出されていった。
――最後は、私の番ね。
唯一、まだ残っていることがあった。
少し聞いていた筋書きとは変わってしまったけれど、これだけはやらないといけない。
「ディル殿下……いえ、ディルさん」
「エ、エレーヌ! エレーヌなら俺を助けてくれるよな!!」
顔をべしゃべしゃに濡らすディル殿下の前に歩み出る。
「あなたとの婚約を、破棄させていただきます」
「な、なぜだ!」
「あら?」
眉尻を下げて縋るような彼を見て、私はわざとらしく首を傾げた。
「だってあなたが言ったんじゃありませんか。メイベルさんと結婚したいって。だから私を悪女に仕立てあげようとしたのでしょう?」
「くそっ! くそっ!」
目を細めて彼を見やると、彼は拳を床に叩きつけて悪態をつく。
「この悪女め! 俺たちを落ちぶれさせて、何が楽しいっ!」
ついで、喚きながらそう叫んだ。
この期に及んで何を言っているのかしら、この人たちは。
そちらが私を落ちぶれさせて楽しもうとしていた、というのに。
ただ、そんなことを言っても仕方ないので、私は自分の顎に指を沿え、微笑を浮かべる。
そして絶望に満ちた瞳の彼に、告げた。
「だって、あなたたちが悪女の私をご所望だったのでしょう?」
呆然といった様子で、目がこぼれ出んばかりに見開くディル殿下。
そんな彼をよそに、お父様は淡々と続けた。
「正確に言うと、王族特権の停止ですがね。王国治安部の臨時会議により、賛成15、反対1でディル殿下は王族としての責務を果たしていないという判断が下されました」
「そ、そんな馬鹿な! 俺が王族としての責務を果たしていないだと!?」
「では逆に聞きますが、どんな責務を果たしているのでしょう?」
お父様は表情を一切変えないままディル殿下にそう尋ねた。
喜怒哀楽を感じさせない無の表情は、それはそれで威圧感がある。
ぐっ、と一瞬は威圧に負けかけたものの、ディル殿下はすぐにお父様に向かって叫び始めた。
「王族は、生まれたときから人前に晒され続け、貴重な時間を外交にさかれ、婚約相手も選べず、自分の好きな学問も学べない。王子教育なんていう訳のわからんものに時間をとられて遊ぶ時間すらないじゃないか! これを我慢して受けているのだぞ、こちらは!」
「……なるほど?」
「だからこそ、王族特権として俺は何をしてもいい! 何をしても許される! 平民も貴族も我ら王族にひれ伏して、すべての言うことを聞けばいいのだ!」
「はぁ」
お父様はなんだかやる気のなさそうな返事しかしていない。
よく見ると演説するディル殿下を一切見ずに、手元の書類に視線を落としていた。
「そしてこの俺が――」
「あ、もう結構です」
しかし長々と続いた演説も、お父様の言葉で一蹴された。
「ディル殿下。たしかにあなたはご自身で王族になりたいと選んだわけではなく、そこに生まれ落ちた存在ですから、言わんとしていることはわかります」
「だろう? だからこそ――」
「ですが、その責務は本当に果たされておりますか?」
お父様がその質問をした直後、一瞬の静寂が訪れる。
ディル殿下が何かを言おうとしたが、お父様のほうが早かった。
「こちらの記録によれば、外交のための社交パーティーにはほとんど出ず、出たとしても最初の数分。婚約相手を放っておいて見知らぬ庶民と勝手に愛し合い、学園はすでに退学され、王子教育は一度も出ていないようですが」
「……っ!」
「それで特権を使おう、というのは、いささか話が違うものでは?」
ディル殿下の顔が一気に真っ赤になっていく。
それを見るお父様は、先ほどと変わらず非常に冷ややかなものだった。
「そのあたりはご自身のお父様やお母様に直談判されるとよろしいでしょう。ただ、私の娘を平民との恋愛の踏み台にするというのは、特権ではなくただの侵害かと思いますが」
お父様の目が細まり、ワントーン声が低くなった。
こんなお父様の怖い声なんて聞いたことがなくて、ふるりと震えてしまう。
「だ、だが! それについては、別に罪を犯しているわけではないだろう!」
「ええ。この国では、自分の恋愛を成就させるために他人を踏み台にする、ということが罪としては制定されておりませんから」
コツコツ、と靴音を鳴らし、お父様は壇のほうへ向かっていく。
ディル殿下は後ろに下がろうにも治安騎士がいて下がれず、かといって降りることもせず、その場に立ち尽くしていた。
そうしてお父様はディル殿下のすぐ目の前に立った。
壇があるせいでお父様が彼を見上げる形になる。
なのにお父様のほうが大きく見えるような気がした。
「罪として成立することはありませんが、人間の記憶には残ります。そして踏み台にしたほうはそれを忘れていくことでしょう。……ですが」
私はお父様の後ろ姿しか見えないので、お父様がいまどんな表情になっているかがわからない。
ただ、お父様に相対するディル殿下の表情が、恐ろしいものを見る目に変わっていったのだけはわかった。
「踏み台にされたほうは、一生あなたを恨むことになります。たとえば、こうやって粗を探してあなたを引きずり下ろそうとするくらいには、ね」
最後の言葉は、お腹の底に響くくらい低い声だった。
ディル殿下は立てなくなったのか、その場で膝が崩れてうずくまってしまう。
お父様はそんな彼を一瞥するなりきびすを返してこちらへ歩いてくる。
「ですが私は優しいですから、あなたの命を奪うような行為はいたしません。平民の女と結婚したいのなら、あなたも平民になるとよろしい」
「へっ?」
「ディル」
お父様の話を引き継いだのは、王妃殿下だった。
彼女はディル殿下の名前を呼び、一歩前に歩み出る。
お顔こそしっかりと引き締めていたものの、泣きそうだった。
「あなたから王族としての身分を剝奪いたします。これまで王族としての責務を果たさず権利だけを享受し、あまつさえ罪を犯したことを反省なさい」
「お、お母様――」
ディル殿下の叫びを聞かず、王妃殿下はそのまま広間から退出されていった。
――最後は、私の番ね。
唯一、まだ残っていることがあった。
少し聞いていた筋書きとは変わってしまったけれど、これだけはやらないといけない。
「ディル殿下……いえ、ディルさん」
「エ、エレーヌ! エレーヌなら俺を助けてくれるよな!!」
顔をべしゃべしゃに濡らすディル殿下の前に歩み出る。
「あなたとの婚約を、破棄させていただきます」
「な、なぜだ!」
「あら?」
眉尻を下げて縋るような彼を見て、私はわざとらしく首を傾げた。
「だってあなたが言ったんじゃありませんか。メイベルさんと結婚したいって。だから私を悪女に仕立てあげようとしたのでしょう?」
「くそっ! くそっ!」
目を細めて彼を見やると、彼は拳を床に叩きつけて悪態をつく。
「この悪女め! 俺たちを落ちぶれさせて、何が楽しいっ!」
ついで、喚きながらそう叫んだ。
この期に及んで何を言っているのかしら、この人たちは。
そちらが私を落ちぶれさせて楽しもうとしていた、というのに。
ただ、そんなことを言っても仕方ないので、私は自分の顎に指を沿え、微笑を浮かべる。
そして絶望に満ちた瞳の彼に、告げた。
「だって、あなたたちが悪女の私をご所望だったのでしょう?」