あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
 手際の悪い薬師だと思われたのかもしれない。
 己を恥じて、ひなは小さく首を横に振る。

「いえ、大丈夫です」
 
 ふと、慶一郎が山根に目を向けた。

「山根さん」
「はい」
「お茶のおかわりをもらえるか?」
「かしこまりました」

 軽やかな足音が扉の向こうへ消えていく。
 部屋には、静けさが残された。
 ──もしかしたら、人払いをしてくれたのだろうか。
 無言の気遣いに、ひなは慶一郎の人柄の一端を見たような気がして、胸の奥が少しだけ和らいだ。
 
「……先ほどの返事がまだだったな」

 急な声に、ぴくりと肩を震わせ、軟膏の蓋を閉めかけていた手が止まる。

 そうだ、まだ返事をしていなかった。
 ほんのわずかに迷いが揺らめく。
 住み慣れた長屋を離れ、格式ある早乙女家で働くなど、自分に務まるのだろうか。
 だが、慶一郎は自分の薬を信頼してくれた。
 その信頼に応えようと、迷いを振り払ってひなは頭を下げる。

「ありがたい……お話です。お薬を届ける件、守っていただけるのでしたら」

 慶一郎の目が細くなる。
 穏やかとも、試すようともとれるその表情に、ひなは戸惑う。
 冷酷な人だと聞いていたけれど、目の前の彼はそう見えない。
 
「そうか。これからよろしく頼む」
「はい。……お世話になります、早乙女様」

 この先、どんな日々が待っているのかはわからない。
 けれど、与えられた場所で、誰かの役に立てるのなら。
 たとえ小さなことでも、自分の手で誰かを支えられるのなら──。

 その想いに背中を押されるように、ひなは意を決して顔を上げた。
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