あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
 薬草園の設置が終わると、今度は屋敷の女中としての仕事が待っていた。
 ひなは女中頭の山根に連れられ、他の女中たちに順に紹介される。

 年齢はどの者も三十代前後だろうか。ひなよりも年上で、落ち着いた雰囲気を持っていた。女中たちはそれぞれ、食事係、掃除係、風呂係、洗濯係と役割が分かれており、手が空いた者が随時、他の仕事の補佐に回るのだという。

「まずは、屋敷の中を一通り覚えてもらわないとね」

 山根が言うと、ひなは廊下を歩きながら早乙女家の広い屋敷を案内されていく。
 その途中、台所に差しかかると、ふと目を引くものがあった。

「えっ、これ……もしかして、ガスですか!?」

 ひなの目の前にあったのは、かまどの隣に設置された小さなガスレンジだった。火口(ひぐち)は一つだったが、ひなにとっては充分すぎる文明の利器だ。

「すごい……! 火を起こさなくても、すぐにお湯が沸くなんて……」

 思わず声が漏れる。薬を煎じたり、お湯を使って材料を蒸す時など、湯の温度とスピードはとても重要だ。これがあれば、随分と作業が楽になる。
 さらに勝手口から裏手へまわると、今度はポンプ式の井戸と真新しい水道の蛇口が目に入った。

「これも……ひねるだけで水が出るんですね、本当に!」

 おそるおそる蛇口をひねると、すぐに冷たい水が音を立てて出てきた。しかし、聞けば水道は調理の手早さを求める時くらいで、ふだんは井戸水を使うのが慣例なのだという。
 その様子を見た他の女中たちは、どこか呆れたように笑い合った。

「ほんとに、あんた……とんだ田舎者ねぇ」
「そんなに珍しいかい? ガスも水道も、もう今どき普通だよ」

 ひなは、恥ずかしさに頬を染めながらも、嬉しさで目を輝かせていた。便利なものは素直にありがたい。薬師として、使える道具は何でも活かしたいという気持ちの方が、ずっと強かった。
 その時だった。廊下の奥から足音がひとつ、近づいてきた。

「ふむ……そんなにうちを気に入ってもらえたなら、女中に迎えた甲斐がある」

 やわらかな声がして、ひなははっと顔を上げる。
 そこに立っていたのは、慶一郎だった。
 いつも通り涼しげな表情をしているが、その口元に浮かんだ笑みは、どこかひなに向けたものだった。

 クスリ、と喉の奥で笑いを漏らした慶一郎を見て、周囲の女中たちが目を丸くする。

「ちょっと……旦那様が……あんなふうに笑うなんて……」

 ひなは戸惑いながら、目の前の当主を見つめ返した。
 なぜだろう。ほんのひとこと、なんてことのない言葉なのに、心の奥に何かがすっと染み込んでくるような感覚があった。

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