あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
「青蓮草……。確か、鎮静作用があるんだったな」
「はい。根は傷の熱を取りますし、葉を干してお茶にすれば、よく眠れるようになります。花の香りは頭痛にも効くと……昔、両親から教わりました」
「……そうか」

 どこか深く噛みしめるように、慶一郎は目を伏せる。

「長屋の裏山に、ほんの少しだけ自生していたんです。それを大事に育てて……今のは、そのときの株のひとつです」
「なるほどな」

 慶一郎は感心したように頷き、少し間をおいて言った。
 
「ああやっておまえの薬は作られるのだな。……手間も、根気も要るものなのだな。 ──感謝している」

 低く落ち着いた声が、ひなの胸にじんわりと染み渡っていった。

「……いえ、こちらこそ……ありがとうございます」
 
 そう応じたとき、急に慶一郎が小さく顔をしかめた。
 その仕草に、ひなの表情も引き締まる。

「……っ」
「痛むのですか?」

 問いかけると、慶一郎は眉間に皺を寄せたまま答えた。

「……この時期は、特にな」

 梅雨の湿気が、古傷を疼かせているのだろう。
 ひなは慌てて言った。

「すぐに薬をお持ちいたします……!」

 踵を返そうとした瞬間、静かな声が背中にかかった。

「いや、俺の書斎にまだ残りがある。塗ってもらえないか」

 ひなは一瞬だけ目を見張り、すぐに深く頭を下げる。

「……承知いたしました」

 差し出されたその信頼に、心のどこかが微かに波打った。
 けれど今は、薬師として、その役目を果たすことだけを考えた。
 
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