あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
 *

 しばらく続いていた雨も止み、ようやく晴れ間が訪れたと思ったのに、この日の夕刻には再び湿り気を帯びた空気に変わっていた。
 空はどんよりと曇り、土の匂いが濃く立ちのぼる。
 そんな中、ひなは女中頭の山根に呼び止められた。
 
「薬を塗るようにと、旦那様からのお申しつけです」

 そう告げられたとき、ひなは思わず返事を忘れてしまった。
 戸惑いが胸をよぎる。塗り薬なら他の者でもいいはずだ。

(……なぜ、私に?)

 しかし、命令とあれば逆らうことはできない。
 ひなは静かに深く頭を下げ、「承知いたしました」と慶一郎の部屋へと向かった。

「旦那様、ひなでございます」

 襖の前に膝をつき、声をかける。すぐに低く短い声が返ってきた。

「入ってくれ」

 緊張しながら、襖を開ける。
 初めて入る当主の部屋は、畳に洋式の絨毯が敷かれ、重厚な洋家具と古びた箪笥が共存する、不思議な調和の空間だった。奥には、これも珍しい洋式の寝台(ベッド)。慶一郎は、顔にかすかな疲労を滲ませながら寝台に横になっていた。白いワイシャツの袖を無造作にまくり、枕元には読みかけの書物が伏せられている。

「失礼いたします。薬をお持ちしました」

 声をかけながら、ひなは静かに部屋に足を踏み入れる。
 慶一郎はその姿を一瞥したのち、無言でワイシャツの前ボタンをゆっくりと外し、寝返りを打つようにして背を向けた。

 その瞬間──ひなは思わず、視線を奪われていた。

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