あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
(……最初にお会いした時も、見たはずなのに)
 
 あの時は緊張で手元にばかり意識が向いていて、ほとんど目に入っていなかった。
 でも今は、はっきりとわかる。
 広い肩幅と、無駄のない背筋。ワイシャツの内側に隠れていた体躯は、思った以上に引き締まっていた。
 
(……こんなに、綺麗な身体だったんだ)

 いけない、と目を逸らす。
 薬師として男性の身体も傷も見慣れているはずなのに。

「そこに……頼む」

 背中越しに声をかけられ、はっと我に返って意識を切り替える。
 塗り薬の蓋を開けると、ふわりと青蓮草の澄んだ香りが広がる。
 それは、まるで雨の匂いに混じるように、静かにひなの緊張を包み込んでいった。
 細い指先で薬をすくい、そっと塗っていく。

(……やっぱり、痛そう)

 背筋に残る、深く裂けたような古傷。
 聞かずとも、それは戦争で受けたのであろうことがわかる。
 傷の痛みよりももっと、心の奥深くの痛みがあるのではないか。
 ひなには、そんな気がしてならなかった。

「慣れているな。人の身体に触れるのに、手が揺れない」
「それは……薬師ですので」
「そうか……」

 言葉がそこまでで切れる。静けさが、再び部屋を満たす。
 ひなは、薬を塗り終えると、手を引こうとした。
 そのとき──

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