あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜

1・七年前・出会い

 七年前。まだ肌寒さの残る、春の日の早朝のことだった。
 長屋の向こうの土手には、風に揺れる薄紫のスミレが群れを成して咲いている。
 ひなはそれをいくつか摘むと、朝露に濡れた花びらをひとつずつ指先で拭い、竹ザルに並べていく。
 こうして干すことで、薬草として長く使用できるよう保管できる。
 その作業は、亡き両親から引き継いだ生活の証でもあり、心のよりどころでもあった。

 その静かな朝の空気を、突然の怒声が切り裂いた。

「これ以上、家賃が払えないなら、明日までにここを出て行ってもらう!」

 声の主は長屋の大家の息子だった。
 ひなは驚いて顔を上げると、大家の息子が隣の部屋の住人に怒鳴りつけているのが見えた。
 冷たく刺すような視線はやがてこちらへと向けられる。

「おい、薬屋の娘。おまえも覚悟しておけ。家賃は滞ってるだろう?」

 ひなは言葉が出ず、ただ黙って薬草の入った布袋を両手でぎゅっと握りしめた。
 爪が布越しに食い込み、薬草のかすかな香りが鼻先をかすめる。
 それすらも今のひなには、心を落ち着ける助けにはならなかった。
 家賃を支払えず、追い詰められるような日々が続いていることは、近所の人たちにも知られている。
 しかし、大家の息子にとってはそんな事情などどうでもいいのだろう。

「だから、言っているだろう? 俺の愛人になれば家に迎えてやると……ん?」

 馴れ馴れしい手がひなの肩に伸びてきた。その瞬間、ぞくりと嫌悪が背筋を走る。
 ひなは反射的に身をすくませ、視線を逸らす。

 言い返したい。はっきり拒絶したい。
 だが、ここで騒ぎを起こせば、近所の人たちに迷惑がかかるかもしれない。
 その思いが胸を塞ぎ、声が喉で詰まった。
 その時──。

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