あやまちは、あなたの腕の中で〜お見合い相手と結婚したくないので、純潔はあなたに捧げます〜
「正直なところ……君のところまで薬を買いに行かせるのも手間でな」
 
 慶一郎の眼鏡の奥の瞳が、わずかに動く。
 何かを押し付けるような強制はないのに、不思議と断れない圧を感じてしまう。
 たしかに、ここからひなの家までは何キロもあり、馬車で通うにも時間と金がかかる。
 それに、近頃は自動車も普及してきており事故も珍しくない。

「女中として働きながら、空き時間に薬を作ってもらえればいい。薬草を育てるなら、庭を使ってくれても構わない。給金もそれなりに出そう」
 
 思いもよらない厚遇に、心が揺れる。
 住み込みの職は、身寄りのないひなにはありがたい話だ。
 悩みの種だった家賃の心配も一気に解消される。それに──あの大家の息子に言い寄られることがなくなると思うと、心が軽くなる。
 だが同時に、両親が生きていた頃から支えてくれた近所の人々の顔が脳裏をよぎった。
 彼らもまた、ひなの薬を待っている。

 その思いを素直に伝えると──

「それならば、我が社の薬を定期的に運ばせよう。君の薬が手元に置けるなら、それくらいはお安い御用だ」
「どうしてそこまで私の薬を……」

 思わず問いかけると、慶一郎はゆっくりと椅子から立ち上がり、無言のままワイシャツのボタンに手をかけた。

「早乙女様、な、なにを……!」

 ひなは慌てて顔を背けるも、視線は自然と戻ってしまう。
 整った顔立ち、長身で均整の取れた体躯、その上半身があらわになるにつれ、ひなの頬は熱を帯びた。

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