秘密のカランコエ〜敏腕ドクターは愛しいママと子どもを二度と離さない〜
霞んだ景色の中で、懐かしい声がぼんやりと響く。
『俺と茉奈との子ども? 嬉しいな……』
宗一郎さんは私が「子どもがほしい」と打ち明けると、明るい未来を思い描いてくれた。
優しく抱きしめてくれたその腕も、とても嬉しそうにはしゃぐ表情も。
一方私は、その未来を最初から裏切るつもりでいた……。
『俺と結婚してくれませんか』
初めて子どもを授かるための夜を過ごした翌週の休日。
私は夕飯に宗一郎さんが好きな鶏の唐揚げを作っていた。
一緒に「いただきます」と言って一口食べた直後のことだった。
とても嬉しかった。涙が止まらなかった。
しかしそれは、喜びと罪悪感が同居する複雑な涙。
『やっぱり茉奈の唐揚げは美味い』
その褒め言葉に「また作るね」なんて言った私。
その言葉が最後になるなんて誰も思わないだろう。
私は怖かった。彼の未来を私の過去が汚すのではないかと怯えた。
『これ、どうかな?』
小粒のダイヤが煌めく婚約指輪。私はそれを一度左薬指にはめたのに、それを置いて立ち去った。
エリートドクターとして多くの人から将来を期待される彼と私とでは釣り合わない。
できちゃった婚で生まれた私。その後、父親の女癖が悪く離婚した母子家庭育ち。
どんなことがスキャンダルネタとして扱われるかわからない。私の出自だって例外ではないだろう。
『あなたの未来のためなの』なんて言ったら、彼は引き止めただろうから。だから私は何も言わずに彼の前から消えたのだ。
『俺の隣には茉奈がいてほしい』
声にならない声で、「ごめんなさい」と繰り返す。
自分のせいで輝かしい未来が閉ざされてしまう可能性があるのが耐えられなかった。
だから、黙って去った。
愛していたのに、手を離してしまった。
『綺麗だ。やっぱりこれにして良かった。かなり迷ったんだけどな』
不器用だけど私のことを大切に考えてくれる彼が大好きだった。
周産期医療の分野で多くの母子を救う若き星。
出産時の急変も難産の分娩も冷静沈着にこなし、「矢越宗一郎に任せておけば母子ともに助かる」とさえ囁かれていたほどの腕前だ。
そんな彼が、私の前では名医ではなくひとりの男性として愛を注いでくれた。
『茉奈』
夢の中の彼は、あの頃と同じまっすぐな眼差しで名前を呼ぶ。
『どうして……何も言わなかったんだ?』
胸に突き刺さる問いかけ。
答えられず、ただ涙が頬を伝っていく。
──宗一郎さん、ごめんなさい。
あなたを愛していたから、離れたの。
そして、私ひとりでこの子を育てていこうと決めたの。
『俺は……諦めるつもりはない。昔も、今も』
あの日の言葉が夢の中でも繰り返される。
私は遠くに消えたはずなのに、彼はまだ私を諦めていなかった。
嬉しかった。でも、その言葉を素直に喜べない私もいて辛かった。
『俺と茉奈との子ども? 嬉しいな……』
宗一郎さんは私が「子どもがほしい」と打ち明けると、明るい未来を思い描いてくれた。
優しく抱きしめてくれたその腕も、とても嬉しそうにはしゃぐ表情も。
一方私は、その未来を最初から裏切るつもりでいた……。
『俺と結婚してくれませんか』
初めて子どもを授かるための夜を過ごした翌週の休日。
私は夕飯に宗一郎さんが好きな鶏の唐揚げを作っていた。
一緒に「いただきます」と言って一口食べた直後のことだった。
とても嬉しかった。涙が止まらなかった。
しかしそれは、喜びと罪悪感が同居する複雑な涙。
『やっぱり茉奈の唐揚げは美味い』
その褒め言葉に「また作るね」なんて言った私。
その言葉が最後になるなんて誰も思わないだろう。
私は怖かった。彼の未来を私の過去が汚すのではないかと怯えた。
『これ、どうかな?』
小粒のダイヤが煌めく婚約指輪。私はそれを一度左薬指にはめたのに、それを置いて立ち去った。
エリートドクターとして多くの人から将来を期待される彼と私とでは釣り合わない。
できちゃった婚で生まれた私。その後、父親の女癖が悪く離婚した母子家庭育ち。
どんなことがスキャンダルネタとして扱われるかわからない。私の出自だって例外ではないだろう。
『あなたの未来のためなの』なんて言ったら、彼は引き止めただろうから。だから私は何も言わずに彼の前から消えたのだ。
『俺の隣には茉奈がいてほしい』
声にならない声で、「ごめんなさい」と繰り返す。
自分のせいで輝かしい未来が閉ざされてしまう可能性があるのが耐えられなかった。
だから、黙って去った。
愛していたのに、手を離してしまった。
『綺麗だ。やっぱりこれにして良かった。かなり迷ったんだけどな』
不器用だけど私のことを大切に考えてくれる彼が大好きだった。
周産期医療の分野で多くの母子を救う若き星。
出産時の急変も難産の分娩も冷静沈着にこなし、「矢越宗一郎に任せておけば母子ともに助かる」とさえ囁かれていたほどの腕前だ。
そんな彼が、私の前では名医ではなくひとりの男性として愛を注いでくれた。
『茉奈』
夢の中の彼は、あの頃と同じまっすぐな眼差しで名前を呼ぶ。
『どうして……何も言わなかったんだ?』
胸に突き刺さる問いかけ。
答えられず、ただ涙が頬を伝っていく。
──宗一郎さん、ごめんなさい。
あなたを愛していたから、離れたの。
そして、私ひとりでこの子を育てていこうと決めたの。
『俺は……諦めるつもりはない。昔も、今も』
あの日の言葉が夢の中でも繰り返される。
私は遠くに消えたはずなのに、彼はまだ私を諦めていなかった。
嬉しかった。でも、その言葉を素直に喜べない私もいて辛かった。