秘密のカランコエ〜敏腕ドクターは愛しいママと子どもを二度と離さない〜
「ママ! パパ!」

 手綱を両手でしっかり掴んでバランスを取りながら、楽しそうに声をあげる姿に胸がいっぱいになる。
 宗一郎さんは、横でスマートフォンを構えながらシャッターを切っていた。
 私もそんな二人の様子を動画で録っていた。

「……こんな楽しそうに外で遊ぶ彩花、初めて見たな……」

 ふとカラッと晴れた清々しい快晴の空を見上げて深呼吸をすると、温かな冬の日差しに柔らかく溶けていく心地がした。
 シングルマザーとして育てていた時は、なかなか遠くに連れて行くことができなかった。

 こんな体験もさせることができなかったから、私も嬉しい。
 乗馬体験を終えると、彩花はポニーの首を撫でながら「ありがと」と小さく言った。その様子を見守りながら、私は宗一郎さんと目を合わせる。

「……たくさん写真を撮った」
「ふふ」

 小さな背中がポニーから降りてこちらに駆け寄ってくる姿を見ながら、手術を終えたばかりであることを忘れてしまいそうになる。
 ポニーの乗馬体験を終えて、少し歩いた先にグルメエリアがあったので寒い中でもソフトクリームを注文する彩花と私。

「ママ、おいしー?」
「うん、とっても」
「パパもたべて。はい、あーん!」

 彩花は宗一郎さんに一口食べてもらおうと差し出す。

「ありがとう」
 彩花に気を使ってぱくり、と見たこともない小さな一口でソフトクリームを食べる宗一郎さんが可愛らしくて、私は笑ってしまう。

「……何がおかしい?」
「あはは、ふふ、いや……ふふ」

 むすっとした宗一郎さんはどこか幼く見えた。
 彩花と関わるようになってから表情のバリエーションが増えた気がする。

 そんなあたたかいところもたまらなく好きだ。
 ソフトクリームを食べて、今度はフラワーゾーンに移動した。
 外の庭園では、ビオラ、ガーデンシクラメン、ロウバイ、サザンカなどが咲き誇っていた。
 それらを堪能してから温室の奥に入ると、外の冬とは打って変わって、やわらかな暖かさと鮮やかな色彩に包まれた。

「わぁ……!」
 彩花が立ち止まった先には、赤やピンク、黄色の小さな花々が寄り添うように咲き並んでいた。

「これね、カランコエっていうんだよ」
 彩花は得意げに宗一郎さんに説明する。

「あやか、ずかんでみたからわかるよ!」
 彩花は興味津々な様子でカランコエに顔を近づける。 
「ちっちゃいけど、かわいいね」

 その声が妙に胸に響いた。手術を乗り越えて笑顔を取り戻した娘が、健気に咲く花を自分に重ね合わせているようで。

「そうだな。彩花と同じだ」
「あやか、からんこえ? なんで?」
「可愛くて強い。がんばり屋さんってことだ」
「えへへ」

 宗一郎さんが穏やかに微笑んで、私の手を握る。その大きな手のぬくもりに、胸の奥がじんわり熱くなる。
 カランコエは一つ一つの花がとても小さいのに、それぞれが寄り添って大きく咲いている。その姿は、これまで支えてくれた人たちや、娘と宗一郎さんと共に歩んできた大切な時間積み重ねにも見えた。

 病室で過ごしたあの日々、手術の翌朝に小さな声で「おはよう」と言ってくれた瞬間、そして今ここにある笑顔。
 私にとって、そのすべてが、この小さな花々のように積み重なって、私たちの未来を鮮やかに照らしてくれる宝物だ。
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