秘密のカランコエ〜敏腕ドクターは愛しいママと子どもを二度と離さない〜
私は『訪問看護ステーションからんこえ』と小さく記された車で結城家を訪れる。
車で二十分程度の距離を運転すると、大きな庭に咲き誇る花々が私を静かに出迎えてくれた。よく整えられた庭の花たちはいつも私を癒してくれる。今はコスモスが咲き誇っていた。
「この車、弟さんのかな」
車を五台程度停められるような広さの駐車場には、見慣れない艶のあるブラックのSUV車が停まっていた。
訪問時間の五分前に到着した私はインターホンを鳴らした。
「こんにちは。訪問看護ステーションからんこえの清水です」
NICU退院後から利用を開始した結城翔太くん。今は五歳。
彼は気管軟化症で人工呼吸器が必要なため気管切開をしていたけど、一歳の頃に人工呼吸器を卒業。
今は気管カニューレを挿入している状態だけど、担当医からはそろそろ気管カニューレも離脱できるかもしれないとのことで本人はもちろん、家族も喜んでいる様子。
「はい」
ドアが開かれると、そこに立っていたのはお母さんである真紀さんではなく……。
「え……」
「茉奈……!?」
扉の向こうに立っていたのは、ついさっきまでテレビで見ていた思い出の人。
ドスン。と訪問カバンを落としてしまう。手に力が入らなくなり、足がすくむ。
逃げたい。けれど、私は看護師だ。仕事のために結城家に来ている。看護師として、社会人として責任がある。
私はとりあえず人違いであることを装うこととした。
「初めまして。清水です。えっと、真紀さんの弟さんですか?」
「……ああ。そうだ」
低く響いた声が耳の奥底でこだまする。
まさか宗一郎さんが真紀さんの弟だとは思わなかった。
私は瞬時に作った笑顔を見せて、お邪魔しますと一言だけ言って宗一郎さんと目を合わせずにリビングに向かった。
「ああごめんなさい茉奈さん! ちょうど手が離せなくて」
真紀さんは翔太くんの痰吸引をしていた。翔太くんは自分で排痰できるようになってきたものの、まだ分泌物が多い状態である。
それが少なくなってくればスピーチカニューレになったり、カニューレを抜去できたり選択肢が広がってくる。
「いえいえ。後は私に任せてください」
「うん、そうするわ」
私は吸引を終えた真紀さんとバトンタッチして、バイタルサイン測定や呼吸状態の観察もしてしまう。
「茉奈さん、この人が私の弟ね。昨日から手伝ってくれてるの。頼れる弟よ」
真紀さんの声に、私はなんとか笑みを浮かべて応じた。
「清水です。よろしくお願いします」
「矢越宗一郎です……よろしく、清水さん」
その瞳は獲物を見つけた獣のように鋭く、身体の奥深くまで届く声は平坦で冷たささえ感じてしまった。
まともな呼吸もできないくらいの緊張感。強い視線を感じて思わず目線を上げると、宗一郎さんと目が合ってしまう。
(そんな目で私を見ないで……)
彼の絡みつくような視線は、私をもう二度と逃がすつもりなどないと宣言しているようだった。
きっと何も言わずに去った私を不快に思っているのだろう。
何かしら報復されるに違いない。
私は彼と目を合わせることができなかった。
車で二十分程度の距離を運転すると、大きな庭に咲き誇る花々が私を静かに出迎えてくれた。よく整えられた庭の花たちはいつも私を癒してくれる。今はコスモスが咲き誇っていた。
「この車、弟さんのかな」
車を五台程度停められるような広さの駐車場には、見慣れない艶のあるブラックのSUV車が停まっていた。
訪問時間の五分前に到着した私はインターホンを鳴らした。
「こんにちは。訪問看護ステーションからんこえの清水です」
NICU退院後から利用を開始した結城翔太くん。今は五歳。
彼は気管軟化症で人工呼吸器が必要なため気管切開をしていたけど、一歳の頃に人工呼吸器を卒業。
今は気管カニューレを挿入している状態だけど、担当医からはそろそろ気管カニューレも離脱できるかもしれないとのことで本人はもちろん、家族も喜んでいる様子。
「はい」
ドアが開かれると、そこに立っていたのはお母さんである真紀さんではなく……。
「え……」
「茉奈……!?」
扉の向こうに立っていたのは、ついさっきまでテレビで見ていた思い出の人。
ドスン。と訪問カバンを落としてしまう。手に力が入らなくなり、足がすくむ。
逃げたい。けれど、私は看護師だ。仕事のために結城家に来ている。看護師として、社会人として責任がある。
私はとりあえず人違いであることを装うこととした。
「初めまして。清水です。えっと、真紀さんの弟さんですか?」
「……ああ。そうだ」
低く響いた声が耳の奥底でこだまする。
まさか宗一郎さんが真紀さんの弟だとは思わなかった。
私は瞬時に作った笑顔を見せて、お邪魔しますと一言だけ言って宗一郎さんと目を合わせずにリビングに向かった。
「ああごめんなさい茉奈さん! ちょうど手が離せなくて」
真紀さんは翔太くんの痰吸引をしていた。翔太くんは自分で排痰できるようになってきたものの、まだ分泌物が多い状態である。
それが少なくなってくればスピーチカニューレになったり、カニューレを抜去できたり選択肢が広がってくる。
「いえいえ。後は私に任せてください」
「うん、そうするわ」
私は吸引を終えた真紀さんとバトンタッチして、バイタルサイン測定や呼吸状態の観察もしてしまう。
「茉奈さん、この人が私の弟ね。昨日から手伝ってくれてるの。頼れる弟よ」
真紀さんの声に、私はなんとか笑みを浮かべて応じた。
「清水です。よろしくお願いします」
「矢越宗一郎です……よろしく、清水さん」
その瞳は獲物を見つけた獣のように鋭く、身体の奥深くまで届く声は平坦で冷たささえ感じてしまった。
まともな呼吸もできないくらいの緊張感。強い視線を感じて思わず目線を上げると、宗一郎さんと目が合ってしまう。
(そんな目で私を見ないで……)
彼の絡みつくような視線は、私をもう二度と逃がすつもりなどないと宣言しているようだった。
きっと何も言わずに去った私を不快に思っているのだろう。
何かしら報復されるに違いない。
私は彼と目を合わせることができなかった。