秘密のカランコエ〜敏腕ドクターは愛しいママと子どもを二度と離さない〜
「夏休みを一週間取ってくれたみたいでね、その間うちで過ごすんだってさ」
「俺ひとりで行きたいところもないし。だが夏休みは取らなきゃいけないってもんでちょうど良かったというか」
「もう! わざわざ都内から来てくれたから強くは言えないけども、もうちょっと愛想良くしてよ〜!」
 
 真紀さんは私の方を見て、少しだけ申し訳なさそうに目配せをする。

「……すまん」
 私は翔太くんの血圧や体温、呼吸回数、酸素飽和度を記録しながらソファの方に座る真紀さんの話を聞いていた。
「ちょっとお胸の音聴くね。はい、もしもしするよ〜」
 私は翔太くんの肺音を聴取する。

「うん、綺麗な音だね」
 少し痰が絡んだ音はするけれど、だいぶクリアだ。呼吸音の減弱もない。問題なし。
 私は翔太くんにそう言って微笑んだ。
「あり、がと」
 すると翔太くんはゆっくりと小さな声で答えた。
 翔太くんは最近、言語聴覚士の先生による言葉のリハビリでの成果が表れ始めていた。
「おぉ〜! どういたしまして!」

 気管カニューレの穴をガーゼで塞ぎながら発声する方法で、短い会話をできるようになったのだ。
 こうした小さな積み重ねが大きな一歩に繋がる瞬間が、私は嬉しくなるし、仕事をしていていちばんやりがいを感じる。
 翔太くんは会話できたことが嬉しかったのか、無邪気にくしゃっと笑う。

「翔太、話せるようになったのか。すごいな」
 宗一郎さんはそのやりとりを聞いて、翔太くんの頭をわしゃわしゃと撫でた。
 翔太くんは宗一郎さんに得意げにピースをして見せる。
 その様子を見る限り、定期的にこの家を訪れていて翔太くんとの関係も良好だと伺えた。

──もし、宗一郎さんがこんな風に私と彩花の隣で笑ってくれていたなら。

 そんな光景を見ていて、ふと、そんな考えが過ぎってしまう。
 自ら経った未来なのに。
 絶対に叶えることができない妄想が、きつく胸を締め付ける。

「仲がいいんですね、ふたり」
「翔太のこと、小さい頃から可愛がってくれてたからかな? 子ども好きみたいだしね」
 私は、ダイニングから彼らを見守る真紀さんに話しかけた。
 今日の観察結果を共有しつつ、自宅での健康状態の確認とコミュニケーションの時間をとる。

「でも、入院中のパパがヤキモチ妬いちゃうかもね。ふふ」
 真紀さんは口元を手で隠しながらわざとらしく言って笑う。
 穏やかな時が過ぎる。
 訪問看護師としては、彼が家族に寄り添ってくれるのは安心できるし、ありがたい存在だと思う。

「では矢越さんにいくつか手技の確認や緊急時の対応などをお伝えしますね」
 訪問時間は三十分と限られている。
 やることをやっていたらあっという間に時間は過ぎてしまう。
 私は気持ちを切り替えてなんとか訪問看護師としての役割を果たそうとする。
< 4 / 30 >

この作品をシェア

pagetop