猫になった私を拾ったのは、私に塩対応な婚約者様でした。
(……猫って、すごく大変なのね)

 猫なのにゼーハーゼーハーと息切れしている私は、来世猫になりたいという願望をわずか数分で改めた。
 猫は愛らしい。
 それは間違いないのだが、誰かに大事に飼われていない猫にとって外は非常に危険な場所なのだと、守衛に追い払われたり、初等部の子どもに追いかけ回されたり、他の猫に襲われかけたりして実感した。
 猫の姿では当然馬車にも乗れないので、このままでは屋敷にすら帰れそうにない。
 かと言って野良として生きていくのはさすがに無理だろうと自分でも思うし、突如として思い出した前世の記憶も猫では活かせるシーンが見当たらない。
 何故こんなことになったのか。
 心当たりは一つしかない。
 それは数日前のこと。

「ああ、世界で一番可愛い僕のミリィ。今日も学校へ行ってしまうのかい」

 若干芝居がかった口調でそう言ったのは、私のお兄様。
 重度のシスコンだが、腕は確かな宮廷魔術師である。

「行くに決まっているではありませんか。もうすぐ試験も近いというのに」

 素っ気なく返した私の頭を撫でて、

「行きたくないなら行かなくってもいいんだけど。ミリィは頑固だからねぇ」

 頑張り屋さんなのはいいんだけどと苦笑したお兄様は、

「お守り。ミリィがピンチの時助けてくれるように」

 とても綺麗な結晶を手の平に乗せてくれた。
 が、見た目に騙されてはいけない。お兄様のくれる魔道具は、大抵厄介な代物なのだ。
 いらない、と突き返すより早くお兄様は何処かへ行ってしまったし、得体の知れないモノを部屋に放置しメイドが触ったら大変だ。
 その日は登校時間ギリギリだったから、後で突き返そうとポケットに入れ、そのままうっかり存在を忘れていたのだった。

(まぁ、結果確かに助かったんだけどね)

 でもこのままだとピンチである事に変わりない。
 とにもかくにも宮廷か家に帰りお兄様にこの魔道具の効果を終わらせて頂かなくては。
 できたら家がいい。
 今服着てないし。猫だから別にいいんだけどさ。

「にゃぁーー」

 今こそシスコンぶりを発揮して迎えに来てよ! とお兄様盛大に文句をいうも猫の鳴き声しか出ない。
 途方に暮れていると、ガサッと茂みから音がした。
 また別の猫かしら? それとも初等部の子ども達!?
 身構えていると、そこに現れたのは今最も会いたくない人物、ルーク様だった。

「……猫」

 そうですよ、猫ですよ。
 そんな葉っぱまみれになって何をお探しかは分かりかねますが、とりあえずほっといてもらえませんかね。
 そんな気持ちを込めてプイッとそっぽを向く。
 私の初恋はついさっき粉々に砕けた。
 さよならを告げた私の中にあるのはもう、ルーク様への憎さだけ。
 さっさと愛しのシェリルのとこに戻ればいいのよ、とルーク様を無視して歩き出した私の身体がふわりと浮く。

「誰かの飼い猫だろうか。妙に毛艶がいいし」

「シャーーーッ!!(勝手に触らないでくださる?)」

「ははっ、気が強い。まるでミリアみたいだ」

「シャーーーフシャーー!!(はっ? ふざけんな。やんのか、コラ!! この浮気男がっ)」

 どうせ私だとバレないのだからと思いっきり威嚇して肉球パンチをお見舞いしてやった。
 ルーク様が怯んだ隙に手から地面に飛び降りる。
 が、カクンと足が変な方に曲がり力が入らなくなった。
 さっきあんな高さの階段から落ちたときは華麗に着地できたのに。

「にゃぁ(いったぁーい)」

 小さく鳴いた私を再びふわりと抱え上げたルーク様は、

「猫って足挫くんだな。運動音痴の猫なんて、本当にミリアみたいだ」

 そう言って笑う。

「シャーーー(喧嘩なら買うが!?)」

 離せーーーという抵抗虚しく、私はそのままルーク様にお待ち帰りされた。
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