猫になった私を拾ったのは、私に塩対応な婚約者様でした。
 久しぶりに飲んだ侯爵家のミルクティーは甘くて美味しくて。
 久しぶりに袖を通したドレスは肩が凝りそうだった。
 そして私の目の前には今婚約者のルーク様が座っている。

「……と、いうわけだ」

「左様でございますか」

 事のあらましは全て聞いた。
 王家に刃向かう勢力の鎮圧。それがルーク様に課された役目で、シェリル・ラズリー男爵令嬢のハニートラップを逆手に取って探っていたことも。
 私を巻き込まないようにと冷たく接することで遠ざけていたことも。
 私の靴に細工がされており、あの日殺されそうになっていたことも。
 全部、全部、聞いたけど。
 私はまだ納得できずにいる。

「いつから、私が猫だと知ってらしたの?」

「決着をつける2日前。出張から戻ったシグルドに聞くまで俺は君が猫になっているなんて思いもしなかった」

 私の失踪はお兄様の耳にも入っていただろうから、きっとあえて伏せてらしたのだろう。
 (ペット)として王宮で匿われている方が安全だから。

「すまなかった、ミリア。結局、君を巻き込んで危険な目に合わせてしまった」

「それは、別にいいのです。殿下の婚約者ですもの。そんな事もあるでしょう」

 私だって、何の覚悟もなく王子妃になろうとしていたわけではない。
 命が狙われる事だってあるだろう。
 王家に嫁ぐという事は、そういう事だ。

「私が許せないのは、あなたを信じきれなかった自分自身です」

 私はそっと自分の掌に視線を落とす。
 ルーク様を信じきれず、安い挑発に乗った。
 初めて誰かを叩いた手は、とても痛くて。
 自分自身の誇りを自分でダメにしてしまったような気がした。

「言えないこともあるでしょう。ルーク様は王族なのですから。でも、10年もあったのに私は無条件でルーク様を信じられるほどの絆をあなたと築く事ができなかった」

 初めてルーク様と引き合わされた日。
 なんて綺麗なヒトなんだろうと私は一目で恋に落ちた。
 その拙い感情は、それでも確かに初恋だったけど。

「そんな私は、王子妃には向いていないのでしょう」

 猫として彼と過ごした3週間を通して、私はひしひしと感じた。
 そんな拙い感情一つで乗り切れるほど王子妃の肩書きは甘くない、と。

「どうか、婚約を解消してください」

 本来なら王家との婚約なんて簡単に解消できるモノではないけれど、私が殺されかけたことに激怒した父の抗議で婚約は一旦保留、結論は私に一任された。
 悩みに悩んだ結論を口にして、私は吹っ切れたように笑う。

「もう、ダメなんだろうか? 俺達は」

「ええ、もうダメでしょうね」

 再構築も考えたけど。
 私はきっと、同じことがあればまた彼を責めるだろう。
 そんな風に生きるのは嫌なのだ。

「もし、ルーク様にこの先一緒に生きていきたい人ができたなら、その時は今度こそ大事にしてあげてください。猫のミリィに心を割いてくださってように。私も次はそうなれるように努力しますわ」
 
 あなたの幸せを祈っています、とそんなありきたりなセリフで一つの恋を終わらせて、私は静かに席を立つ。
 今はまだ苦く苦しいだけのこの思いが、いつか自分の糧になる事を願って。
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