酒好きがバレて追放された元聖女ですが、不眠症の辺境伯様と【秘密の晩酌】はじめました 〜昼は冷徹、夜は甘々。ほろ酔い旦那様の執着愛が止まりません〜
 夜。
 城が静まり返った頃。

 私は厨房で、ある『仕込み』を終えて待機していた。

 ガチャリ。

 時間通りに彼が現れた。

「……アマレッタ」

 フロスティ様だ。
 まだ少し照れくさそうに、私の名前を呼ぶ。
 その不器用さが、最近は可愛く思えてきたから重症だ。

「お待ちしておりました。……フロスティ様」

 私が微笑むと、彼は安堵したように息を吐き、いつもの席に座った。

「昼間、厨房が騒がしかったようだが」

「ええ。ちょっとパン革命を起こしていました」

 私はテーブルの上に、バスケットに入った生食パンを置いた。
 まだほんのりと温かい。

「これが……パンか? 私の知っているものとは随分違うな」

「見た目は頼りないかもしれませんけど、味は保証します。そして、今夜の主役はこれです」

 私は冷蔵庫から、小さなココット皿を取り出した。

 中に入っているのは、クリーム色のペースト。
 ところどころに、黒い粒が混じっている。

「『自家製ラムレーズンバター』です」

「……ラムレーズン?」

「レーズンをラム酒に漬け込んで、柔らかく戻したもの。それを、砂糖とホイップしたバターに混ぜ込みました」

 私はナイフでバターをすくい、パンの上にたっぷりと乗せた。

 パンの余熱で、バターがとろりと溶け出す。
 じゅわっ。
 黄金色の脂が、白いパン生地に染み込んでいく。

 漂うのは、ラム酒の芳醇な香りと、バターの甘い乳臭さ。
 これは、大人のための背徳グルメだ。

「さあ、どうぞ」

 フロスティ様はパンを手に取った。
 指が沈み込む柔らかさに、まず驚く。

 そして、一口。

 ぱくり。

 彼の動きが止まる。
 ゆっくりと咀嚼し、喉を鳴らして飲み込む。

「……罪深い味だ」

 彼はポツリと言った。

「パンは、綿毛のように軽い。……だが、このバターはどうだ。濃厚な油分。砂糖のジャリッとした歯触り。そして、噛むと溢れ出すラム酒の香り。……頭が、とろけそうだ」

 最高級の褒め言葉をいただいた。
 食レポがうまいなぁ……。

 バターの塩気と砂糖の甘味。
 そこにラム酒の苦味と香りが加わることで、ただの甘い菓子パンとは一線を画す酒の肴になるのだ。

「これには、濃いめの紅茶か、あるいは……」

「ブランデーなんて、いかがでしょう?」

 私がグラスを差し出すと、彼はニヤリと笑った。

「わかっているな。……さすが、私の妻だ」

 彼はブランデーを一口飲み、再びパンへと手を伸ばす。
 気に入ってもらえて何よりだ。

 私も自分の分のパンに手を伸ばそうとした。

 その時。

 スッ。

 私の目の前に、バターがたっぷりと塗られたパンが差し出された。
 フロスティ様の手だ。

「え?」

「……君も、食べたいのだろう?」

「あ、はい。自分で食べますから……」

「手を使わなくていい。……ほら、口を開けて」

 えええええ。
 まさかの「あーん」ですか!?

 彼のアイスブルーの瞳が、至近距離で私を見つめている。
 拒否権はない、と言いたげな、でもどこか甘えたような瞳。

 以前の氷のような彼からは想像もできない。
 完全にキャラ変してません?

「……あ、あーん」

 私は観念して、口を開けた。
 パクッ。

 柔らかいパンと、冷たいバターが口の中で混ざり合う。
 美味しい。

 私が咀嚼して飲み込むのを、彼は満足そうに見守っていた。
 そして。

 すっ、と彼の指が伸びてきた。
 私の口端についていたパン屑を、親指で優しく拭い取る。

 そして、その指を自分の口へ運び、ぺろりと舐めた。

「ひゃっ!?」

 思わず変な声が出る。

 彼は妖艶な笑みを浮かべ、囁くように言った。

「……驚いたな」

「な、何がですか……?」

「このパンの柔らかさだ。……まるで、君の唇と同じくらい柔らかい」

 ボッ!!

 音が聞こえる勢いで、私は顔から火を吹いた。

 な、ななな、何を言ってるのこの人!?
 天然!?
 それとも計算!?
 どっちにしても破壊力が高すぎる!

「……よ、酔っ払い! ブランデー飲み過ぎです!」

 私は真っ赤な顔で、グラスを奪い取ろうとした。

 彼は楽しそうに喉の奥で笑い、私の手をかわして、残りのパンを口に運んだ。

「……美味しいな。今夜は」

 その言葉が、パンのことなのか、お酒のことなのか。
 それとも、別の意味を含むのか。

 私には判断がつかなかった。
 ただ、甘いラムレーズンの香りと、熱いくらいの彼の視線に、酔いが回ってしまいそうな夜だった。


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【★あとがき★】

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