酒好きがバレて追放された元聖女ですが、不眠症の辺境伯様と【秘密の晩酌】はじめました 〜昼は冷徹、夜は甘々。ほろ酔い旦那様の執着愛が止まりません〜
「お待たせいたしました」

 私がワゴンを押して入ると、カルロ会頭が鼻をひくつかせた。

「おや……? なんとも香ばしい、いい匂いですな」

 テーブルの上に、どんとピザを置く。
 直径三十センチの巨大な円盤。
 縁はこんがりとキツネ色で、中央はチーズとソース。

「これは……パイ、ですかな? にしては、具が剥き出しですが」

「ピッツァという料理です。熱いうちが命ですので、さあ、どうぞ」

 私はピザカッターを転がし、ザクッ、ザクッと八等分に切り分けた。
 そして、一切れを持ち上げる。

 その瞬間だ。

 とろぉぉぉぉぉん。

 チーズが伸びた。
 白味噌のコクを含んだチーズが、糸を引いて食欲を誘惑する。

 カルロ会頭の目が釘付けになる。
 喉仏がゴクリと動く。

 私は彼の皿にピザを乗せた。

 カルロ会頭は、行儀悪くも手掴みでピザの端を持った。
 熱さに指を震わせながら、大きく口を開けてかぶりつく。

 ガブリ。

 サクッ。
 もちっ。
 ジュワッ!

 食感の三重奏。

「んんんんんッ!?」

 カルロ会頭が目を見開いた。

 口の中で、トマトの強烈な酸味と甘味が弾ける。
 それを包み込むように、味噌漬けチーズの濃厚なコクと塩気が押し寄せる。
 普通のモッツァレラよりも奥行きのある、発酵食品特有の旨味の暴力。
 そして、それらを全て受け止める生地の、小麦本来の甘さと香ばしさ。

「な、なんだこれはぁぁぁ!!」

 商人は叫んだ。

「美味い! 味が……味が踊っている! トマトとチーズが手を取り合って、口の中でダンスを踊っているぞ!」

 彼は夢中で二口、三口と頬張る。
 口の周りがソースで汚れるのも構わない。

「油っこい……だが、それがいい! このこってりとした旨味、たまらん!」

「そこで、これをどうぞ」

 私はすかさず、よく冷えたグラスを差し出した。
 中身は、黄金色の『シードル』だ。

 カルロ会頭はグラスをひったくり、一気に煽る。

 きゅーっ!

 炭酸の刺激が、脂で満たされた口内を洗い流す。
 リンゴの爽やかな香りが鼻に抜け、後味をサッパリとリセットする。

 すると、どうなるか。

「……また、食いたくなる!」

 彼は次のピザに手を伸ばした。
 無限ループの完成である。

「素晴らしい……! このピッツァとかいう料理、そしてこのシードル! 最高の組み合わせだ!」

 対面に座るフロスティ様も、優雅にナイフとフォークでピザを食べている。

「……ふん。悪くない。風味が、ワインよりもシードルに合うな」

 ご満悦の様子だ。
 これなら商談も上手くいくだろう。

 ピザを三切れ平らげたところで、カルロ会頭は私の前で深々と頭を下げた。

「奥様……いや、アマレッタ様! 私が間違っておりました! これは辺境の酒などではない。神の酒です!」

 変わり身が早い。
 さすが商人だ。

「このシードル、我が商会で取り扱わせてください! いや、このピッツァのレシピごとお借りしたい! 王都で出せば、行列間違いなしです!」

「あら、安値での買い取りはお断りですよ?」

「とんでもない! 言い値で買います! 契約書、今すぐ書き直しますからぁぁ!」

 カルロ会頭は鞄から羊皮紙を取り出し、猛スピードでペンを走らせ始めた。

 チラリとフロスティ様を見ると、彼はニヤリと勝利の笑みを浮かべていた。
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