酒好きがバレて追放された元聖女ですが、不眠症の辺境伯様と【秘密の晩酌】はじめました 〜昼は冷徹、夜は甘々。ほろ酔い旦那様の執着愛が止まりません〜

11 王命よりも、君との一杯を。 〜特製マシュマロ・ホット・チョコレート〜

 ピキ、ピキキ……。

 嫌な音がする。
 ガラスにヒビが入るような、硬質な音。

 いや、実際に凍っているのだ。
 応接室の窓ガラスも、テーブルの上の花瓶の水も、そして空気さえも。

「……聞こえなかったのか。帰れと言ったはずだ」

 フロスティ様の低い声。
 アイスブルーの瞳からは光が消え、周囲には目に見えるほどの冷気が渦巻いている。

 対面に座っているのは、王都からやってきた使者の男だ。
 ひょろりとした体躯に、神経質そうな眼鏡。
 王太子の側近だという彼は、ガタガタと震えながらも、必死に虚勢を張っていた。

「辺境伯閣下……! これは王太子の、いや、国王陛下の命でもありますぞ! 建国記念パーティーへの参加は貴族の義務……そして、そこに元聖女アマレッタ殿が同行するのは、国家の和解を示す重要な――」

「和解?」

 フロスティ様が鼻で笑った。
 その瞬間、使者の足元の絨毯がカチコチに凍りついた。

「ひぃッ!?」

「散々使い潰し、濡れ衣を着せて追放しておきながら、今更『新しい聖女の補佐をせよ』だと? ……私の妻を、都合のいい道具扱いするか」

 魔力が膨れ上がる。
 怒りだ。
 静かで、けれど激しい怒りが、冷気となって部屋中を支配する。

 護衛の騎士たちも顔面蒼白だ。
 このままでは使者が氷像になってしまう。
 それはそれでスカッとするけれど、外交問題になるのは面倒だ。

(……はぁ。仕方ない)

 私はため息をつき、一歩前に進み出た。

「……力が入りすぎていますよ、フロスティ様」

 歩み寄ると、暴走寸前の彼の手を両手でそっと包み込んだ。

「見てください。こんなに手が冷たくなって」

 私の体温が、彼の手の甲に伝わる。
 目の前の使者など存在しないかのように、私は彼だけを見つめて微笑んだ。

「……っ」

 フロスティ様の肩がビクリと跳ねた。
 私の方を振り返る。
 その瞳に、理性の光が戻ってくる。

「……アマレッタ」

「大丈夫ですよ。あなたのそばにいますから……」

 私がニッコリ笑うと、彼は深く息を吐き、すっと魔力を霧散させた。

 部屋の温度が戻る。
 使者は腰を抜かしてへたり込んでいた。

「話は終わりだ。……二度と私の前に顔を見せるな」

 フロスティ様は私を抱き寄せるようにして立ち上がり、使者を一瞥もせずに部屋を出て行った。

 背後で、騎士たちが「おお……閣下を鎮められた……」「さすが奥様だ……」と拝んでいる気配がした。

 やれやれ。
 私の安眠と晩酌のためには、旦那様のメンタルケアも重要任務なのだ。
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