シンママの隣に越して来たエリート経営者は元カレです
エピローグ
着慣れないジャケットを羽織らされて、綾斗が堅い表情のまま初めて潜る門を見上げていた。そこにこの園のキャラクターでもあるというキリンが描かれているのに気付き、口をぽかんと開いたまま見入っているようだった。
「ほら、初日から遅刻しちゃうよ」
私がその小さな手を引くと、「あ、本当だ」と慌てて歩き始める。
背負っているリュックは以前の物とサイズは同じくらいだが落ち着いたブラウンの合皮製。着ているのは上下共に指定された制服で、前は私服通園だったから全然見慣れない格好だ。
後ろから革靴で歩く足音が聞こえてきて、私は苦笑いしながら振り返る。息子のマイペースぶりは今に始まったことじゃないけれど、初めて来た場所でも全く物応じしないのはどちらに似たんだろうか。
「先に職員室へ顔を出すんだっけ?」
お昼寝布団や着替えが入ったサブバッグを抱えた恭平が、遠巻きに園舎を眺めながら聞いてくる。今日はいろいろな手続きのためにと丸一日休みを取った私とは違い、恭平はこの後にも仕事があるからスーツ姿だ。
カッチリしたスーツにキャラクターがプリントされた布団袋は違和感だらけだけれど、全く気にしている素振りもない。
「うん、担任の先生が迎えに来てくださるみたい。前に一度挨拶したけど、ベテランって感じの先生だったよ」
「へー、それは頼もしいな」
三人並んで園庭を歩きながら、私は入園手続きに訪れた時の話を夫へと語る。
彼のマンションからは歩いて通園できる保育園は私立の認可園で、以前に通っていたところとはかなり雰囲気が違う。園グッズの大半が指定だったりして入園時の出費は嵩むけれど、園舎に面した広い園庭がとても魅力的だった。
解体予定のアパートを出た後、私達は恭平の住むマンションへと移った。引っ越しした後、ちゃんとした家族になるために私は初めて彼の実家へと向かい、恭平の両親と顔を合わせた。
「しっかり話は通してあるから、何も心配することはないよ」
そう言ってくれた恭平の言葉通り、以前はワンマン経営者だったという彼の父親も、私や綾斗と会っても苦虫を嚙み潰したような表情になるだけで何も言ってはこなかった。
後で聞いたら、私達のことを認めないなら社長職を退くと彼が宣言していたみたいで、会社第一の前社長は渋々の了承だったらしい。望月コーポレーションにとって、恭平以上の後継者がいないのだから当然か。
反対に、母親の方は初孫になる綾斗の姿を見た瞬間、興奮気味に歓喜の声を上げていた。
「まあまあまあ! 恭平の小さい時のまんまじゃないのっ!」
彼女も確か、良家のお嬢さんとの縁談を望んでいたはずと聞かされていたが、我が子に似た初孫の顔を見て一瞬で反対する気が消失したらしい。これは母性がなせるワザなのだろうか。
あんなに不安を抱えて彼と一緒になることを諦めて逃げ出したのに、あっけないほどスムーズに家族になることができたのは恭平が私の知らないところで必死に動いてくれていたからだ。
ものすごく遠回りして見つけた彼の隣の席は、もう他の誰にも譲りたいとは思わない。
「ママ、パパ、早く行こうよー」
手を離して一人で駆け出した息子の後を慌てて追いかけながらも、私は隣で大荷物を持って一緒に走ってくれている恭平の横顔を眺める。
自由奔放な息子に、私達はこれからも揃って振り回されることになるだろうが、彼と一緒なら何だって乗り越えていける気がする。
小さな靴が並ぶ下駄箱の前で、自分の名前が書かれた場所がどこかと一生懸命に探そうとする綾斗。途中入園になるから名簿は一番最後になるのに、上から順に確かめようとしている。
「年少さんはこの辺りみたいだね、綾斗の下駄箱はどこかなー?」
「違う違う、『お』じゃなくて『も』で探すんだ、望月綾斗の『も』だよ」
以前の苗字で探そうとする息子へ、恭平が慌てて教え直す。急に名前が変わったことを息子がどう感じているかは分からないけれど、綾斗は「そうだった」と小さく頷いていた。
ようやく見つけることができた自分の下駄箱スペースに、穿いていた靴を得意げに入れると上靴に履き替える。買ったばかりの真っ白なこの上靴も、きっと一週間もすればドロドロに汚れて週末には持ち帰ることになるのだろう。
そうやって元気に成長していく息子のことを、これからの私は恭平と共に見守ることができる。そんな細やかな幸せがこの先に沢山待ち受けているのかと思うと、胸がじわっと温かくなった。
座り込んだせいで汚れてしまった息子のズボンのお尻を、呆れ笑いを浮かべつつ手で払ってあげている恭平のことを、私は愛しさに溢れた目で見つめた。
これはからずっと、何があっても彼の傍にいることを心の中で誓いながら。
――完――
「ほら、初日から遅刻しちゃうよ」
私がその小さな手を引くと、「あ、本当だ」と慌てて歩き始める。
背負っているリュックは以前の物とサイズは同じくらいだが落ち着いたブラウンの合皮製。着ているのは上下共に指定された制服で、前は私服通園だったから全然見慣れない格好だ。
後ろから革靴で歩く足音が聞こえてきて、私は苦笑いしながら振り返る。息子のマイペースぶりは今に始まったことじゃないけれど、初めて来た場所でも全く物応じしないのはどちらに似たんだろうか。
「先に職員室へ顔を出すんだっけ?」
お昼寝布団や着替えが入ったサブバッグを抱えた恭平が、遠巻きに園舎を眺めながら聞いてくる。今日はいろいろな手続きのためにと丸一日休みを取った私とは違い、恭平はこの後にも仕事があるからスーツ姿だ。
カッチリしたスーツにキャラクターがプリントされた布団袋は違和感だらけだけれど、全く気にしている素振りもない。
「うん、担任の先生が迎えに来てくださるみたい。前に一度挨拶したけど、ベテランって感じの先生だったよ」
「へー、それは頼もしいな」
三人並んで園庭を歩きながら、私は入園手続きに訪れた時の話を夫へと語る。
彼のマンションからは歩いて通園できる保育園は私立の認可園で、以前に通っていたところとはかなり雰囲気が違う。園グッズの大半が指定だったりして入園時の出費は嵩むけれど、園舎に面した広い園庭がとても魅力的だった。
解体予定のアパートを出た後、私達は恭平の住むマンションへと移った。引っ越しした後、ちゃんとした家族になるために私は初めて彼の実家へと向かい、恭平の両親と顔を合わせた。
「しっかり話は通してあるから、何も心配することはないよ」
そう言ってくれた恭平の言葉通り、以前はワンマン経営者だったという彼の父親も、私や綾斗と会っても苦虫を嚙み潰したような表情になるだけで何も言ってはこなかった。
後で聞いたら、私達のことを認めないなら社長職を退くと彼が宣言していたみたいで、会社第一の前社長は渋々の了承だったらしい。望月コーポレーションにとって、恭平以上の後継者がいないのだから当然か。
反対に、母親の方は初孫になる綾斗の姿を見た瞬間、興奮気味に歓喜の声を上げていた。
「まあまあまあ! 恭平の小さい時のまんまじゃないのっ!」
彼女も確か、良家のお嬢さんとの縁談を望んでいたはずと聞かされていたが、我が子に似た初孫の顔を見て一瞬で反対する気が消失したらしい。これは母性がなせるワザなのだろうか。
あんなに不安を抱えて彼と一緒になることを諦めて逃げ出したのに、あっけないほどスムーズに家族になることができたのは恭平が私の知らないところで必死に動いてくれていたからだ。
ものすごく遠回りして見つけた彼の隣の席は、もう他の誰にも譲りたいとは思わない。
「ママ、パパ、早く行こうよー」
手を離して一人で駆け出した息子の後を慌てて追いかけながらも、私は隣で大荷物を持って一緒に走ってくれている恭平の横顔を眺める。
自由奔放な息子に、私達はこれからも揃って振り回されることになるだろうが、彼と一緒なら何だって乗り越えていける気がする。
小さな靴が並ぶ下駄箱の前で、自分の名前が書かれた場所がどこかと一生懸命に探そうとする綾斗。途中入園になるから名簿は一番最後になるのに、上から順に確かめようとしている。
「年少さんはこの辺りみたいだね、綾斗の下駄箱はどこかなー?」
「違う違う、『お』じゃなくて『も』で探すんだ、望月綾斗の『も』だよ」
以前の苗字で探そうとする息子へ、恭平が慌てて教え直す。急に名前が変わったことを息子がどう感じているかは分からないけれど、綾斗は「そうだった」と小さく頷いていた。
ようやく見つけることができた自分の下駄箱スペースに、穿いていた靴を得意げに入れると上靴に履き替える。買ったばかりの真っ白なこの上靴も、きっと一週間もすればドロドロに汚れて週末には持ち帰ることになるのだろう。
そうやって元気に成長していく息子のことを、これからの私は恭平と共に見守ることができる。そんな細やかな幸せがこの先に沢山待ち受けているのかと思うと、胸がじわっと温かくなった。
座り込んだせいで汚れてしまった息子のズボンのお尻を、呆れ笑いを浮かべつつ手で払ってあげている恭平のことを、私は愛しさに溢れた目で見つめた。
これはからずっと、何があっても彼の傍にいることを心の中で誓いながら。
――完――


