破   壊
 バーのカウンターでカクテルグラスを傾けていたが、少しばかり後悔していた。

 アルコールよりも、こんな気分の時は珈琲の方が落ち着いたかも知れない。

 いや、紅茶かな……などと考えていたら、一杯目をまだ飲み終えていないのに、新しいグラスが出て来た。

 若いバーテンダーが、あちらのお客様からです、と言って来た。

 見ると、三十半ば位の男が、私を見て微笑んだ。

 気持ちとは裏腹に、笑顔を返した私だったが、正直、この時点で席を立ち掛けていた。

 そんなに物欲しげに見えまして?

 と、危うく声に出掛かるのを押し止め、私は会計を告げた。

「せっかくですが、丁度待ち人からメールが来てしまいましたので」

 と口から出まかせを言い、その場をごまかした。

 私は自分を堅物だとは思っていない。

 こんな気分の夜じゃなければ、時には母である事を忘れ、一個の女となる夜もある。

 家に着いた時には、既に息子は寝ていた。

 居間でテレビゲームをしたまま、ソファにもたれて眠る息子を見ているうちに、筧が初めて人の命を奪ったのが、この子と変わらない歳の頃だったのだと気付き、背筋が薄ら寒くなった。

 気の進まぬ弁護。

 しかし、生活をして行く為には断れない。

 建前として言うならば、どんな罪人にも、弁護は必要なのである。

 一方的に、罪を糾弾する事は、法の精神に反する。

 と、理屈では判っているのだが、生理的には筧亮太のような犯罪者に同情出来る心は持ち合わせていない。

 そういう意味に於いては、私は弁護士としての資格は無いのかも知れない。

 寝返りをうった息子に、そっとタオルケットを掛ける。

 横顔が、死んだこの子の父親にそっくりになって来た。

 無性に……

 無性に抱かれたくなった……。





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