ハルアトスの姫君―君の始まり―
はっきり、そしてゆっくりそう言うと、目の前のキースの顔がみるみるしぼんでいくのが分かる。


「…ジア…?」


体重を前へと移動させ、一歩を踏み出そうとする〝キース〟を牽制する。


「…来ないでって言ってる。」

「俺を…忘れたわけじゃない…よね?」

「忘れてたら…ここには来てない。」


―――そんなの、分かってるでしょ?
喉まで出掛かった言葉をぐっと押し戻す。


「…なら…。」

『逃げろジア!』


ほとんど同時に聴こえた同じ声。
頬に触れたのは、キースの右手の掌。




ひやりと、冷たい感触。
指がそっと、頬を撫でる。





…ねぇ、キース。
あなたはそんな風に…










「〝キース〟じゃ…ないね、あなた。
…あなた、誰なの?」


虚ろに見えるその目をしっかりと見つめ返しながらそう言った。
その瞳は感情らしい感情を一つも映さずに、ただそこに在る。

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