ハルアトスの姫君―君の始まり―
左腕から流れ落ちる血を止めたくても手が足りない。
今右手で左腕を抑えるという選択を取ればそれはすなわち、剣をおろすことになる。
―――それはストレートに死を意味する。


『ジア…逃げて。』

「キース…?」


目の前からする声じゃない。
声は頭の中に直接響いてくる。
でも、その声の持ち主であるはずの人の表情は何も変わらない。


『逃げ…るんだ…!』

「…邪魔をするな!」

「キースっ!」


二つの声の狭間で、今の状況を掴んでいくのがやっとだった。
それでも的確に掴めているかどうかまでは自信がない。


向けられた刃に刃をもって返す。
握る力を強めれば強めるほど、肩と腕からの出血は増す。
滴る血のせいで足場も少し悪くなる。


「っ…キ、キース…。」

「……。」


刃を突き付け合わせたその先に、キースの〝無〟を映す瞳がある。
応えは、ない。


「どう…しちゃったの…?
今のキースは…あたしの全然知らないキースだよ…。」


表情は微塵も変わらない。
あまりの変化のなさに声が震えた。
おまけにさっき抑えたはずの涙まで込み上げてくるなんて、つくづく…あたしは甘い。

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