蒼の王国〜金の姫の腕輪〜
‡〜化け犬〜‡

《グルルラァァァッ》

木を薙ぎ倒しながら飛びかかってきた巨大な影は、ラダのすぐ脇を突っ切っていった。

「ラダッ」
「はえェな」

”化け犬”はその巨体に似合わず、素早く方向転換をして切り返してくる。
ラダは、スラリと剣を抜くと、向かってくる巨大な牙をいなした。
ラダを獲物に選んだのか、少し離れた場所にいるこちらには見向きもしない。

「蒼葉っ離れてろよっ」
「わかってます」

楽しそうに剣を振るうラダは、子どものようで、邪魔をしたら恨まれそうだ。

《グルルルラァッッ》

犬特有の前に突き出した大きな口には、唾液で滑る歯列がきれいに並んでいる。
鼻にしわをきつく寄せて迫っていくる様は、その巨体と血走った目と相まって、恐ろしい程、狂暴に見せている。

《グゥゥゥゥッ》

だが、なぜだろう。
楽しそうに距離を詰めて挑みかかるラダとは逆に、微妙に距離を空けながら牙を立てる”化け犬”が奇妙に見えた。
思いっきり飛びかかったかと思えば、そのまま牙をたてるのではなく、一瞬引く。
勢いよく噛みつこうとする。
だが、その牙に迷いがあるように感じる。

「…こちらを探っている…?」

《グゥゥゥゥウッッ》

「ラダっ。
ちょっと待って下さいッ」
「んっだよッ。
邪魔すんじゃねェッッ」
「わかってますっ、でもッ待って下さいッ」
「スッこんでろッッ
もうケリを付ける」
「ッだから待ってって言ってんですよッッ」
「ッッ痛っ。
ッッ何しやがるッ」

頭を抱えて座り込んだラダのすぐ後ろで、持ってきた剣を鞘のまま杖のようにして立ち、振り返って文句を言うラダを無視して”化け犬”を見上げた。

「闘わなくて良い。
私達はただ森を抜けたいだけだ。
あなたに危害は加えない」
「おいっ。
話なんて通じるわけねぇだろ」
「わかるでしょ?」
《『…なぜこの森に来た…』》
「っ喋った…」
「私達は、この森を抜けた先に棲む”魔女”に会いに来たんだ。
この森に棲む者達やあなたに、危害を加えるつもりはない」
《『人間の言葉を信じろと言うのか』》
「信じてもらわなくてはならない。
それに…言葉を伝えてくれていると言う事は、すでに少しは信じてくれているということでしょ?」
《『……』》

ボワっ

突然その巨体が弾けたかと思えば、白い煙が立ち込め、一瞬後煙が晴れると、見上げる程の巨体が消え失せ、代わりに一般的な大型犬よりも一回り大きいサイズの犬がそこにいた。


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