ハッピークライシス

エントランスの大階段を上がり、南最奥の部屋に夫婦の寝室がある。

事前に(彼の秘書をちょっと脅して)入手したスケジュールでも、今週は外泊する予定もなくこの屋敷で過ごすはずだ。


銃を構え、闇の中で目を凝らす。
黒服の男が額から血を流し、壁に凭れるようにして倒れていた。

そっと男の首元に指を当てるも、まだ温かさは残っていたが既に絶命していた。素肌に覗くタトゥーを見て、シホは小さく眉を寄せる。彫りこまれていたのは向き合う二頭の獅子。この国と関わるものであれば知らぬものはいない。それは、イタリアの闇を統べるコーサ・ノストラ・レヴェンの紋章。


この男は、間違いなくシンシアから連絡を受けた構成員の一人だ。


その奥に、もう1人。
残りの3人についても、この屋敷のどこかで物言わぬ形となり転がっているのだろう。

ユエは、"彼女"を奪う為に大秘密結社レヴェンの構成員を殺したのだ。本当にもう、後戻り出来ないところまで来てしまっている。


静かに屋敷の奥へと進む。
不意に、足下に何かがあたり、驚いて銃口を向ける。思わず一歩飛び退けば、ぴちゃりと水溜まりを踏んだような音がした。

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