この空のした。〜君たちは確かに生きていた〜
 


「……驚いたな……。昨夜から、お前はやけに自分の感情に素直だ。

もっと早くから、そうやって素直になればよかったじゃないか……」



か細い声で言う。こんなのお前じゃない。



「馬鹿やろう!そんなこと、今はどうでもいいだろう!?

なんで不用意に動いた!? 粗忽にもほどがあるぞ!!
ケガをしてなけりゃ、一発ぶん殴ってるところだ!! 」



どうしようもない怒りを雄治にぶつけた。
そうでもしなければ、己を保っていられない。



「おい八十治、もうよせ。少し落ちつけよ。相手はケガ人だぞ」



見かねた簗瀬どのが、止めるように俺の肩を掴む。



わかってる。雄治が悪いんじゃない。
わかっているのに、押さえがきかない。



だが雄治は、理不尽な俺の叱責など気にもとめない様子で、さっきより口元の笑みを広げた。



「なら、ケガをしていて助かったな。
それに勝手に殺すな。俺はまだ大丈夫だ」



少し意識がはっきりしてきたのだろうか。

そう言うと雄治は、血まみれの左手で懐を探り、手拭いを取り出した。



ゆきが雄治に渡した、あの藍色の手拭い。

それをつたない動きで、負傷した右腕に巻きつける。



「おい。それは大事なものなんだろう?汚れてしまうぞ」


「いいんだ。あいつも役立てろと言っていたし。
……それに、目につくところにあったほうが気力が出るんだ」



左手と口を使って、右腕になんとか手拭いを結びつけようとする。



上手く結ぶことができない雄治の変わりに、その手拭いを右腕にきつく巻いてやった。



「すまんな、八十」



手拭いを結び終えると、雄治はそれを柔らかな目で見つめる。

手拭いを(とお)して、ゆきを見つめているのかもしれない。


あるいは、もう会えない覚悟を改めて心に決めたのか。


それを思うとつらかった。



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