魔王と王女の物語③-Boy meets girl-【完】
せっかく会えた人たちだったのに――本当に戻って来るのだろうか?

置いていってくれたチーズを齧っていたラスは、心配そうに見上げてくるウサギの耳を撫でて笑いかけた。

もう声は出ない――起き上がるのもやっとだったが、老いるということは、こういうこと。

コハクに出会えなければいつかはこうなって、天寿を全うするのが自然の理なのだろう。


それを捨てようとした罰なのだろうか?

神は不死として生きようとする自分を断罪するために――こんなことになったのだろうか?


「………」


コハクの名を呟いたつもりだったのに、声は枯れて空気しか出てこなかった。

いくら空腹でも眠れなくても、不死のこの身体は生き続けるのだろう。

動けなくなっても、生きていくのだろう。


怖い。

死にたい。

コハクに、会いたい――


――身体はからからで、泣きたくても涙すら出てこない。

もう笑うしかなくて声もなく肩を揺らしていると――誰かがドアをノックした。

動物たちは素早く反応してラスの回りに集まったが、ドアは執拗に何度もノックされ続ける。


重たい身体を起こしてようやく立ち上がったラスは、壁や物に掴まりながらなんとかドアまでたどり着いて力のこもらない腕をなんとか叱咤してノブを回した。

昨晩来てくれた人たちが戻って来てくれた――その一心でドアを開くと――



「…あんたがここでひとりで暮らしてる婆さんか?」


「……ぁ……ぅ…」



コハク。

コハクだ。

ずっと会いたかった人が――


旅をしていた時にいつも着ていた真っ黒なマント姿と、腕には…攫われる前よりも一回り大きくなった気がする我が子。

言葉もなく唇を震わせていると、コハクは1枚の肖像画を見せて来た。


「この女を見なかったか?俺の奥さんなんだ。…もうずっと会ってない。ずっと捜してる。知らねえか?」


「…………ぅ……ぅ…」


「…ちょっと邪魔するぜ。あんたは座ってていいぜ、茶でも淹れてやろうか」


――せっかく会えてとても嬉しいのに、こんな姿…見られたくない。

ラスは首を振って家に入って来ようとするコハクを拒絶したが、コハクは一向に構わずルゥを降ろすとひょいっと抱っこして家へと入って来た。


「…軽いな」


「マー!マー!マー!」


ルゥが…喋った。

しかも立っている――


感激したラスは袖を握り込んで指輪を隠すと、両手で涙の出ない瞳を覆った。

だがコハクは…見ていた。


左手薬指に嵌まっているガーネットのリングを。
< 141 / 286 >

この作品をシェア

pagetop