週末シンデレラ
「……」
「あ、あの……なにか?」
係長としゃべりたくはないけれど、無言で見つめられることほど耐え難いものはない。
わたしはうつむいたまま、前髪から覗くようにして彼にたずねた。
「きみ……俺とどこかで会ったことはないか?」
「えっ!」
思わず声を上げてしまい、肩をビクリとすくませる。
もうバレてしまったのだろうか。身体中から汗が一気に噴き出てくる。
「おいおい、気が進まないとか言っておきながら、いきなり誘ってんのかよ。自己紹介もまだだっつうの」
注文を終えた一也さんは、係長がこの紹介に乗り気になったと思ったのか、嬉しそうに頬をほころばせる。
だけど、そんな一也さんとは対照的に、係長はムッと眉根を寄せた。
「違う。彼女の声を、どこかで聞いたことがあると思ったからだ」
ま……まずい。
一也さんに注文をお願いするとき、名前のことばかり気にしていたから、声を変えることまで気が回らなかった。
……このままじゃバレてしまう。
思ったよりも鋭い係長に焦りながら、わたしは電話に出るときのように、上品で高い声を出した。
「おっ……お会いしたことはありません」
「そうか。なら、俺の勘違いだ」
新人研修でたたき込まれたことが、仕事以外で役立つときがくるなんて。
ドキドキしながら答えたけれど、係長は意外にもそれ以上は食いついてこなかった。
とりあえず、まだバレていない。それでも、見た目と声だけではなく、やっぱり名前も変えたほうがいいだろう。
「加藤詩織」なんてありきたりな名前だけど、用心するに越したことはない。