幻影都市の亡霊

 寝台に横たわる妻は、今にも消えてしまいそうな、儚い花だった。ウィンレオはその妻の手をぎゅっと握る。その隣に九歳になったコロテスと、まだ五歳のラムが怯えたように母を見ていた。

「ねぇ、コロテス、ラム? わたくし、夢がありますのよ」

 その言葉は、子供達に向けられたものだった。ウィンレオはそっとそれを聞いていた。

「貴方達のお父様には、会うことの叶わない愛する人がいる」
「ユークラフっ……」

 ウィンレオは驚いて病に伏せる妻を見た。

「母上じゃない人? なんで?」

 コロテスは訝しげに言葉を聞きながら、父親を見た。そして母を見た。ラムはまだよく意味のわからないようで――。

「わたくし、貴方達のお父様に酷い仕打ちをしたことがあった。だから、お父様は傷ついて、その方のもとで癒されて、こうやって帰ってきた。貴方達のお父様の心をその方が支えてくれているから、わたくしは重圧に負けることなくこうやって側でウィンレオを支えることができた。だから、わたくし、その方にも、ウィンレオにも感謝している。でも、わたくし、ウィンレオには幸せになってもらいたいんですの。わたくし、いつか二人が共に暮らす日が来ると信じている。ウィンレオとその方の交わした約束は、次の王がたったら迎えに行くというもの。だけどその方は短命な人間なのです。わたくしの望みは、早く王がたち、お二人が幸せに暮らすことなのです――。二人とも、お父様を、支えてあげてください。わたくしが素直にできなかったこと、貴方達は実の子供なのです。ちゃんと、支えて――」

 ユークラフは最期に、ウィンレオを見た。

「ウィンレオ、愛しています。そして、わたくし、確かに貴方の愛を感じました。これからお兄様のもとへ逝きます。先ほどの言葉に偽りはありません。わたくし充分幸せでしたわ。だから、望みは貴方が、ユアファ様とお幸せに、暮らすことです……」

 ウィンレオは歯を食いしばり、涙を目に溜めながら、そっと妻に口づけた。そして、そのまま……、

「お母様っ」

 ぱんっ

 淡い緑の音をたてて、ユークラフの身体は霧散した。

「……っ」

 ウィンレオは子供達を抱きしめた。
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