幻影都市の亡霊
「そそ、そんなことは、とてもっ!ウィンレオとは貴方様の本名ではございませんか。そんな大それたこと私にはとても――」

 ウィンレオはユークラフに笑いかけ、

「それなら今はクロリスでもいい」
「かしこまりました、クロリス様」

 ウィンレオは素直な女ににっこりと笑いかけた。

 現在、ウィンレオには長男が生まれていて、妻のソフラスは第二子を身ごもっている。やはり彼女はウィンレオそのものよりも王の器を持つ男が欲しかったようだった。そして、その血を引く子供の母親になりたかったのだろう。

 ウィンレオは今の生活に満足しているわけでもなかったが、特に不満はなかった。だが、気の休まる時が減ったのは事実だった。隣にはいつも作られた良妻がいる。それに比べてどうだろうか、この素直な人は――。

「さすがはオークの妹だ。で、泊まっていくんだろう? 確かオークの実家はここから遠く離れた場所じゃないか。オークの隣の部屋を至急用意させる」

 ウィンレオはオーキッドが何も言わずにも、てきぱきと決めてしまった。手際のよさに感服しきりな三人だった。

 その夜の事だった。

 ウィンレオは自室のベランダから星を見上げていた。大きな赤い星が特に目立つ。すっと寄り添うように青白い星も見える。何より紫色の満月がその存在感をひときわ目立たせ訴える。この空は私のものだ――とばかりに。

「この世界そのものを支えているのは、私なのだな……」

 誰に言う風でもない言葉で、返事を求めるような言葉でもなかった。だが、

「そうだよ」

 いつの間にか現れた青い亡霊は、ふっとウィンレオの隣に寄り添うように立った。

「今ではこうして、お前と二人でいるときだけが安らげるよ」

〝一人でいると、余計なことを考えてしまうから……〟

 オーキッドは優しい笑顔を浮かべていた。この亡霊は美しい。幻界の月でさえ、この男の美貌には勝てない。
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