三十路で初恋、仕切り直します。
「……エンゲージリングだと思っていいの?」
「ああ。呆れたか?」
突然の贈り物に、呆れたわけでも引いたわけでもない。とにかく驚いて。
自分の幸運を疑ってしまいそうになっていた。
泰菜が見詰めていたカードからゆっくり目を離して隣に座る法資を見ると、いつになく決まりの悪そうな顔をするその横顔が目に入る。
「指輪って、どういうの?」
「さあな」
「……見せてくれないの?」
「生憎、現物はここには持ってきてないからな」
丁度クリスマス前だということもあり、店に漂う妙に盛り上がった雰囲気に飲まれ半ば勢いで指輪を購入したものの、その後でふと我に返り、ひとりで少し突っ走りすぎたかと恥ずかしくなったらしい。
いきなり指輪なんて重いだろうとか、ひとりで盛り上がり過ぎだとか、贈るにしてもリサーチしてからの方がよかったんじゃないかとか、冷静に自分の行動にツッコミを入れていろんなことを考えた結果、法資は自分のしたことが照れくさくなったらしい。
それでこの場に購入した指輪を持ってくるのをやめてしまったと言う。
「残念だな。見たかったのに」
泰菜が呟くと、法資はいくらかほっとしたように言った。
「おまえの好みなんて知らないから勝手に選んだからな。文句があるなら帰ってきたときに聞いてやる」
「好みがどうというほど、指輪のデザインなんて知らないよ。でもサイズはどうしたの?」
「店にあるのは11号ってサイズだけでな。悪いけど後で直しに行ってくれ。おまえの指には11はデカそうに見えた。サイズはいくつなんだ?」
「わたしも自分の指輪のサイズなんて知らないよ」
「なんだ、知らないのかよ」
「……指輪なんてまだいいのに」
照れ隠しに言うと「俺の気が済まないんだよ」と言われる。
「職場じゃつけられないよ?重いもの持って傷つけちゃうのもやだし」
「だったらチェーンで首からでも下げておけよ。同僚の男にも女にもこれ見よがしに見せびらかしておけ」
冗談でもなさそうに言う法資がおかしかった。「誰もわたしのことなんて盗ったりしないよ」と言いながらも法資が垣間見せる独占欲みたいなものが恥ずかしくも心地よかった。
この薬指は法資の予約済み。
そう思うだけで、もうすこし一人で頑張れそうだった。離れていても頑張らなくてはいけないと思った。
「おまえな、満更でもないんだったら、ここは素直に喜んでおくとこだろ」
「うん、ありがとう法資。ほんとはすっごくうれしい」
泰菜が見せた笑顔に見入った法資が視線を逸らしながら「調子が狂うな」と呟く。でも狂ってしまってるのは泰菜も同じで。
「泰菜?」
法資が驚いたような声を上げる。
「……何で泣くんだよ。それほど嬉しいのかよ」
「それもあるけど……」
法資の袖口を掴んだまま、顔をあげられなくなる。
「おまえ泣きすぎるとすごい顔不細工になるぞ。……今生の別れじゃあるまいし、そんな泣くことないだろ」
「だって」
ますます強く法資の袖を掴みながら、泣き声交じりに言っていた。
「……法資がいたこの数日、なんか一生分のしあわせ詰め込んだみたいにたのしかったんだもん……」