三十路で初恋、仕切り直します。
「そんな男のどこがよかったんだ?」
しばらく杯を重ねる泰菜を黙って見ていた法資が、ぽつりとこぼした。
「どうせ女に手の早い、器用なタイプの男だったんだろ。そんないかにもな奴に引っかかるなんて、お前も案外ちょろい女だよな」
空っぽになったグラスに、冷酒を注がれる。言われていることは大分ひどいことのようだけど、法資にお酌をさせて最近誰にも言うことが出来ずにいた鬱憤をあれこれ発散出来ることはそう悪い気分ではなかった。
「そうよ、わたしなんて浮気相手の娘ほど若くも可愛くもない、ちょろいだけの女ですよ」
「……お前もブランド志向なのか」
「ブランドって?」
「だから。トミタブランドの男なら誰でもよかったのかって訊いてるんだよ」
--------トミタブランド、ねぇ。
たしかに泰菜が勤める会社は、新卒アンケートでも十数年連続で「就職したい企業」のトップテン入りするほどの、いわゆる就活生の「勝ち組」企業だ。
東京や福岡などの都心で採用された新入社員たちは、本社で手厚いOJT研修を受けたあと、国内外へ派遣されていくらしい。
けれど同じトミタ自動車の社員でも、泰菜は工場の急な欠員の穴埋めのために急遽中途採用された身で、ろくな研修も受けないままいきなり怒号の飛び交う職人気質で頑固なおじさんたちがのさばる現場に放り込まれた。
業務用洗剤でもきれいにならない薄汚れた作業着を身にまとい、日々重たい安全靴を穿き機械油に塗れながら、爪の間まで真っ黒にして現場と事務所の間を奔走している。
付き合っていた彼もそんな現場で汗に塗れて働く人だった。
泰菜自身は気にしたこともなかったが、たぶん世間や泰菜の友人たちが想像する「トミタ自動車に勤める男」とはちょっとかけ離れていると思う。
世の女子が「トミタブランド」と持て囃すのは、本社や海外支店に勤めるホワイトカラーだけだろう。
一般的にブルーカラーと言われる工場の技術職の社員としか日ごろ接点のない泰菜は「トミタブランド」の男と出会う機会などないし、大体勤め先の男をブランドだのノーブランドだのという目で見たこともない。
「トミタトミタって、そんないいものなのかなぁ……?」