三十路で初恋、仕切り直します。


……ラブホテルの駐車場に堂々と停められたそれをみたときはとても驚いた。




『イルメラ』はトミタ自動車の販売店でも限られたごく一部のディーラーでしか扱っていない車種で、泰菜も毎年行っているモーターショーでしか実物を拝んだことがなかった。

田舎のラブホテルなんかにこんな立派な車で乗り付けてくる人もいるのね、と呆れ混じりに思いながら、それでもつい視線を奪われる流線のうつくしいボディに見蕩れていたら、法資が何食わぬ顔でその『イルメラ』に乗り込んだ。


法資の『イルメラ』は数年前のモデルだったけれど、現行モデルまで引き継がれている特徴的なフォルムは変わらず、繊細にして大胆な洗練された女性的なフォルムに、不釣合いなくらいの高馬力のエンジンがミスマッチになる手前ぎりぎりの絶妙なバランスで搭載されているのがなんともいえずに色っぽかった。


まるで極上の美女の如きこの車を女優に喩えるなら、放埓で魔性なブリジット・バルドーだと言ったのが泰菜で、純粋に「走る」ことを追求したひたむきさが、魅惑的な美女でありながら天真爛漫さのあるペネロペ・クルスのようだと言い張ったのが法資。


トミタに勤めてから車に興味を持った泰菜と、もともと愛車家らしい法資とで話が弾み、『蓮花亭』にくる道すがら車の話で盛り上がってしまった。


おかげで気まずい空気にはならずに済んだものの、別れた後でもっと他に話しておくべきことがあったのではないかと、消化不良のような気分になっていた。






「車にはただ乗せてもらっただけで、付き合ってるとか、そういうわけじゃないの」
「……じゃあ泰菜さんの、この首の痕は何かなーん?」


隣に座る杏奈が面白がるように言ってきた。




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