三十路で初恋、仕切り直します。

「おまえそんなに俺と風呂に入りたかったのか?」

法資がとった個室の休憩室は6畳ほどのこじんまりした部屋だった。卓袱台と座椅子にひざ掛けが置いてあるだけのごく簡素な部屋。泰菜が座椅子に腰掛けると、その向かいではなく横に腰を下ろした法資がそんなことを言い出した。

なんでわざわざ気まずくなるようなネタを蒸し返すのか。やっぱりこの男何も考えていないんだわと苛立ちながらも、あえて平静を装って、

「そうなのそうなの。あー、法資と一緒に入れなくてざんねーん」

と軽く受け合う。


法資は何も言わずに買ったばかりの缶コーヒーを飲みだした。セクハラおやじのようにあれこれ絡まれるのはもってのほかだけど、こうして何のリアクションも取ってもらえないのもなかなか決まりが悪い。

いたたまれない沈黙をやりすごすために、泰菜も買ってきたばかりのあったかいお茶に口を付ける。温泉のおかげで指先までほかほかと温まった体に、いつもはすこしぬるく感じる自販機のお茶がほどよい温度に感じられる。もうすこし飲もうと口に運ぶと。


「……それもいいかもな」


黙っていた法資が不意に呟く。


「はい?何言って……」


今度はなんと言ってこちらをからかうつもりだと身構えていると、脚を崩して座っていた泰菜の膝に法資が突然我が物顔で頭を乗せてくる。


「ちょっと、なに勝手に」
「運賃代わり。安いもんだろ」
「……お安い膝ですみませんねっ」


不覚にもどきっとしてしまったことを隠すためにわざと憎まれ口を返す。法資はそれに笑ってみせるけれど何も言ってこない。ただ寛いだようにふうっと息をこぼす。



「……意外ね」
「何が」
「法資さんって意外と甘え上手なのね。こんな手管を使われちゃったら女の子たちはみんな落ちちゃうでしょうね」
「まーな」


さも当然とばかりに傲慢に答えるところが憎らしい。


「これみよがしに『イルメラ』も見せびらかしちゃってたし。ちょっとは自重しないとそのうち刺されるわよ」
「誰にだよ。……もしかして昼間のエリカ様のことでも言ってるのか?」

「そういえばエリカにも随分いい顔してたっけ」
「ばーか。あれは大人の対応ってやつだよ。あしらってたの、見てて分からなかったのか」

「わっかりませーん」


泰菜がわざと茶化すように言うと、法資は面倒くさそうに溜息を吐く。


「あの場で車見たいって言われりゃ断るほうが角立つだろが。『桃庵』にも行きたきゃ行けばいいし。けど俺からエリカ様に来て下さいとは一言も言ってねぇよ」


女なら誰彼構わずってわけじゃねーし、とこぼす。


「エリカみたいなきれいな子、嫌いじゃないくせに」
「昔はな。けどあの手のタイプは食いすぎてもう飽きたんだよ」
「それすごい最低な言葉なんですけど。だったら今はどんなタイプがお好みなわけ?」


本気で呆れ返って膝上にある法資の顔を見下ろすと、法資も泰菜の目をじっと覘きこんでくる。


「まあ。おまえと温泉ってのも悪くねぇよな」
「……あのね、分かってると思うけど残念って言ったのはただの言葉のあやですから」

「そっちじゃなくて。さっきのご婦人が言ってた『夫婦水入らずで』って方だよ」
「うん?」


だからさ、と前置いて。


「おまえ俺と一緒になるか?」





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