三十路で初恋、仕切り直します。
人間あまりに驚くと逆に冷静になるようだ。
自分の膝に頭を預けている法資の、揶揄するような雰囲気は感じられない目を見ながら、今の言葉の真意はどこにあるのだろうかと考えていた。
「んだよその疑わしそうな目は」
「疑わしいっていうか……」
「じゃあ頭のおかしい奴見るような目、だ」
「なるほど。上手いこと言うわね」
法資は少し苛立ったように肩頬を引き攣らせた。
「つうかおまえ。仮にも結婚するかと訊かれてその反応なんだよ」
「……本当に頭大丈夫?のぼせて茹っちゃった感じですか?」
「泰菜」
起き上がった法資が向かい合わせに座ってあぐらをかく。まるで答えを急かすようにまっすぐに視線をぶつけてきた。予期せぬあらたまった空気に胃が縮み上がりそうになる。
「……あのね。ここでわたしがその気になって『うん!』なんて答えたらどうすんのよ。30女捕まえて無責任なことばっか言って、刺される準備は出来てるの?」
「おまえなどんだけ人様のことどうしようもない男だと思ってんだよ。さすがに結婚を冗談のネタになんかしねぇよ」
「昨日会ってまだ一日しか経ってないのよ?冗談じゃないほうがどうかしてるわよ。……もしかして昨日のこと責任感じてるわけ?さすがにこの歳じゃ自己責任だって思ってるし、法資に責任取らせようなんて」
「-------泰菜」
再び名前を呼ばれる。いつもより低い声だけど法資は怒っているわけではなかった。淡々と喋りながらも実は動揺しきっていた泰菜の気を静めるために出した声のようだ。
思っていたよりも真面目な話らしいとようやく気付いて、泰菜も背筋を伸ばして居住まいをただす。
「……ごめんなさい。でも付き合ってもないのに急にそんなこと言われても」
「たしかに再会してからは一日だけどな。俺とお前、何歳からの付き合いだよ。今更恋人だのなんなの、手順踏まなきゃなんねぇ間柄でもないだろ」