三十路で初恋、仕切り直します。
そうかもしれない。
たしかにお互いの人となりだけでなく、実家のことも家族構成も経済状態も、素性はほぼ正しく把握している。他のカップルならば付き合っていく過程でひとつひとつ時間をかけて確認していくべきことは、もう既にほとんど知り得ている。今更あらたまって知らなければならないことなどないかもしれない。
けれど。
「なんでわたしなの?」
「なんでって。……まあ、おまえはいろいろ都合がいいからだな」
「都合がいい?」
「ああ。もううんざりなんだよ、美人な代わりにやたら自意識強くて扱い辛い女だとか、結婚願望強すぎて重い女には」
法資が言うには、大手企業勤務ということもあってか、法資に言い寄ってくる女子は付き合って日が浅いうちから結婚を意識させるような言動をしてきたり、良妻になりますアピールなのかしんどくなるくらいやたらと世話を焼いて尽くしてきたり、さもなくは自分の価値に高い自負があって対価として高価な贈り物を求めたり、法資が自分に尽くすのは当然という顔をするほどプライドが高かったり、そういうタイプの女子ばかりだったという。
「会う女会う女、俺と一緒になりたいっていうより、自慢できる勤め先の男だからモノにしたいとか、会社勤め辞めて家庭に引っ込みたいから経済不安のない相手とさっさと結婚したいとか、そんな自分の都合だけ考えてる女ばっかでな。美女だなんだっていうくらいじゃもう食指が動かねぇんだよ。……その点おまえはいいよ」
たのしげにそう言って、法資は喉の奥でくつくつ笑う。
「酔ってたし、30過ぎててしかも男に捨てられたばっかで、結婚焦ってたんだかどうだか知らないけど、俺がただのしがない居酒屋の店員だって言っても笑って『いいね』っていうし。結婚してもたいして旨みがあるわけじゃない相手でもかまわないって思えるなんて、相当変わり者だよ、おまえ」
「……美人でもちゃんと性格いい子、他にいると思いますけど」
「まあ正直、今まで付き合ってきた女はみんなおまえよか美人だったな。けどおまえみたいな女の方が可愛気があるよ」
「それって、わたしのことが好きってこと?」
言ってからすぐに後悔した。法資が何を言ってるんだとばかりに笑ってきたから。
「おまえな。意外に夢見がちなんだな。俺もおまえももう30過ぎてるんだぜ?今更結婚に惚れた腫れたなんていらないだろ?お互い手の内分かってて気が楽で、気を遣わなくていい、丁度いい相手ってことだよ」
固く唇を結んだ泰菜に気付かず、法資は続ける。
「幸い体の相性は良かったしな。多少の不満はあるけれど俺はおまえで我慢してやるよ。だからおまえも俺で我慢しろ」
まさか人生初のプロポーズを法資の口から聞くことになるとは思ってもみなかった。冷静に考えながらすうっと息を吸い込む。それからゆっくり時間をかけて吐き出すと言った。
「ありがとう」
「なんだよ改まって」
「折角のお話だけど……お断りします」