三十路で初恋、仕切り直します。

「……素敵なお話に水差すようで悪いんですけど、そんな恋女房がいながら風俗通いとかってなんですか」


呆れたように言えば、田子の方はそれこそ愚問だとでも言うように答えてくる。


「ばぁか、お前はまだまだ男と女のことが分かってねぇな。女房いてこそのおねぇちゃん通いだっつの。独り身でさびしく風俗通いつめてる姿なんて想像しただけで寒気がすらァ」
「それ正当な理由になるとでも思ってるんですか?……だとしたら相当のゲスですよ班長」

「放っとけ。だからま、相原も結婚申し込まれた程度でンな死にそうな顔してないで、もっと気楽に考えてみろや。ただし急にデキちまったとか、そういうのだけは勘弁しろよ」



妙に棘のある言葉に、班長が言わんとしていることを察する。



「……班長、もしかして千恵ちゃんのこと、気付いてたんですか?だったらもっとやさしく接してあげてくださいよ」
「本当にてめぇは馬鹿だな。自分から何も言わねぇクセに周りには察してくださいみたいな態度、気に入らねぇと思わないのかよ」

「そうは言っても極力無理させないようにしてあげてください。わたしからもお願いです。班長の言うことは最もですけど、まだ生むかどうか結婚するかどうか決まってなくて、妊娠打ち明け辛い状況なのかもしれないでしょう」



本人から聞いたわけではない。

けれど最近の千恵の出勤状況が良くないのも、サボりだと言われるくらい働き方が鈍いのも、理由あってのことだろうと近頃顔色の悪い千恵の様子から薄々察していた。


千恵のことを憎く思う気持ちがないわけではない。


泰菜を捨ててオサムが選んだのは若くてきれいな彼女だったわけだし、望んだ妊娠ではないのかもしれないけれど、おそらく千恵は泰菜が焦りを感じている出産を泰菜よりずっと先に経験することになるだろうということには、暗澹とした気持ちにさせられる。



でも今恨みがましい感情よりも先に脳裏に浮かんでくるのは、法資に見せてもらったうまれたての赤ん坊の顔だ。



生命力にあふれてふくふくとした、けれど誰の助けもなしに生きていくことが出来ない、不自由でか弱く、それゆえに見た人の胸をじわりと熱くさせるあのちいさな生き物。


自分でも矛盾していると思うし、偽善臭いとも思う。


でも千恵の腹に芽生えたちいさな命を呪いたくない、と思う。少しくらい千恵も辛い目に遭ってしまえばいいと思う気持ちが正直全くないとは言えないけれど、千恵のお腹の子に万が一のことが起きることだけは、たとえお節介と言われても避けてあげたい。


それが母性といわれる女の本能からくる感情なのか、それともすこし身勝手なところがあるオサムに彼女も振り回されているのかもしれないという同情からくる感情なのかは分からない。


けれど千恵のお腹の子を陰ながら見守ることで、もうオサムのことは縁がなかっただけなのだ、別れるのは仕方のないことだったのだと過去のことにして洗い流してしまいたかった。


千恵のためではなく、自分のために。




「班長、先日帰省したとき、わたし友達から妊娠したときのこと聞いたんです。つわりってひどいひとは本当につらいみたいですよ。本人の気力や努力じゃどうしようもなくて、人によってはちゃんと朝起きたり働いたり出来ないみたいです。千恵ちゃんはまだ20歳になったばかりで若いんだし、もう少し気に掛けてあげてもいいじゃないですか」


田子はハンッと鼻で嗤う。


「10代のお子様じゃあるめぇし、犯されたわけじゃなくてめぇもオトコとよろしく愉しんだなら、ガキこさえたのだって自己責任だろが」
「でも」


ひどく不快そうに、田子は極太の眉を寄せる。


「おまえな、その優等生みたいなのもたいがいにしとけよ。だいたい相原は今まで若いってことで言い訳したことなんか一度もねぇってのに、それをなんで俺があのクソガキにだけいい顔してやんなきゃなんねぇんだよ」


田子は乱暴に灰皿に煙草を押し付けると、怒ってその場を去っていった。





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