三十路で初恋、仕切り直します。
各ラインの班長に生産計画の修正を打ち合わせて回り、部品の搬入などを手伝いながら事務所に戻るともう間もなく昼休みになるという時刻になっていた。
今日は何を食べようかなと考えながら事務所の扉を開けると、デスクワークをしている千恵の傍に中年の女性社員が立っているのが見えた。
庶務課のお局様、大河原だ。
庶務課の業務は工場の生産とは全く係わりがない。普段はこの事務所とは別棟の内務室にいるはずなのに、なんでわざわざ工場事務所まで来ているのだろうと不審に思っていると。
「じゃあ宗像さん、頼んだわよ」
大河原は尊大な態度で千恵にそう言うと、おおきな体を揺らしながら出入り口のドアに向かって歩いてくる。すれ違いざまに「お疲れ様です」と軽く会釈すると、泰菜は千恵のもとへ駆け寄った。
「どうしたの千恵ちゃん、大河原さんなんだって?」
千恵は顔を上げると、目に涙を浮かべて泰菜を睨みつけてきた。
「千恵ちゃん?」
「相原さんの所為ですよ……あのおばさん、なんで内務でもないくせに一日じゅう事務所の席で座っているのって私に嫌味言ってきて……」
千恵は悔しそうに唇を噛み締める。
傷ついたらしい千恵のその態度に、泰菜は胸中で重い溜息を吐く。
大河原は昔から目敏いおばさんで、特に若い女の子のことは誰であっても気に食わないらしく、泰菜も千恵が入社するまでは目の敵にされていた。
入社したての頃、夏用の薄い作業着に透けるとは気付かなくて色の濃い下着を付けて行ったときには「いやらしい。あんな顔して男に飢えてしょうがないのよ」とあることないこと陰口叩かれた。
そうかと思えば、連日の残業と寝不足で朝メイクする時間も惜しくなるくらいのフラフラの状態で出社すると、「会社に口紅のひとつも塗ってこないなんて、同じ社会人として恥ずかしいわ」などと文句を垂れていた。きちんと化粧すればしたで「男の気を引こうとしてる」とか「化粧をする前に残業しないで済むようにちゃんと仕事すればいいのに」と難癖つけてくるくせに。
千恵のことも前から目を付けていたようで、最近彼女が休みがちなのもパソコンの共有フォルダーに入れてある勤怠表でチェックしていたのだろう。それでわざわざ嫌味を言いに来たに違いない。
嫌味を言われた本人でなくとも「あのおばさん他にやることはないのかよ」と思わず声に出して毒づきたくなる。