三十路で初恋、仕切り直します。
「ねえ。そういえば津田くんはいつ結婚したの?もしかしてもうお子さんはいるの?」
「結婚は今年でようやく三年目になるとこかな。子供は欲しいなぁ。早くたくさんさ」
笑いながら答える津田の言葉には隠しきれない寂しげな翳りが滲んでいた。気付かないふりをすればよかったのかもしれないけれど、泰菜はつい「ごめんなさい」と口にしていた。
「……さすがに無神経な質問だったわ」
子供の話題は既婚未婚の話よりデリケートであることを忘れかけていた。
新婚当初親友の美玲が同居している義母にいろいろプレッシャーを掛けられて、籍を入れてから長男を授かるまでの間に一時自身の不妊を疑ってノイローゼ気味になっていたことも知っていたのに。
謝る泰菜に、津田は感情の見えない薄い笑顔を浮かべる。
「ううん、気にしないで。うちに子供がいないのはさ、身体機能が原因だとか、そういうたーちゃんが心配するようなことが理由じゃないから」
津田が好青年風のやさしい顔に憂いの表情を浮かべる。いつも笑顔でひとの中心にいた高校生のときには一度も見せなかった懊悩とした顔だ。
「……子供が出来る出来ない、それ以前の問題なんだよ。俺と菜々子さんは」
そう言って噛み締めるように固く唇を結ぶ。
----------津田は何かを話したがっている。
ただの結婚生活の愚痴なのかもしれないし、津田が言外に匂わせている何か深い悩みがあるのかもしれない。自分は部外者だからと言って突っぱねることも出来た。
けれど『元彼女』ではなく、『ともだち』の立場から見て、今の津田は放っておけなかった。
「……もしかしてその話を聞く相手は、わたしみたいな後腐れない人がいいの?」
津田は残りのビールをいっきに煽ると、自虐的に笑う。
「たーちゃんはほんと察しがよくてやさしくて、昔のまんまだね。……いいの?俺と奥さんのこと話すと、それだけであともう一軒分くらいの長さになるけど」
ふたたび津田が手元の携帯を覗き見る。泰菜も店の柱に目を向けると、掛け時計は22時をいくらか過ぎたあたりを指していた。
「いいよ。毒を食らわばなんとやら、でしょう。“滅多に会わない”んだし今日くらい……」
了承する途中で、掛け時計の傍に下げてあったカレンダーの日付に目が留まる。
「どうしたのたーちゃん?」
「……ごめん、もう一軒行くのかまわないけど、その前にちょっと用事を」
「予定があるなら別に無理にとは言わないよ?」
「ううん、大丈夫だから。でもその前に急ぐからちょっと付き合ってもらってもいい?」
そういって泰菜は急いで残りの焼き鳥を噛み千切った。