三十路で初恋、仕切り直します。

「あのプライドの高い桃木の方から折れてプロポーズしてきたんでしょ?なのにそれを断ったりしてさ。これ以上たーちゃんは桃木に何を望んでいるわけ?」



なにも望んでなんかいない。

そう言おうとしても言葉が掠れてうまく形にならない。



「全部が自分の思い描いた通りじゃないと気が済まない?これも班長に聞いたけど、再会して二日目だっていう桃木のプロポーズがそんなに気に食わなかったの?自分の望みをすべて満たしてくれないと不満なの?それじゃ桃木よりたーちゃんの方がよっぽど傲慢だよ」


なんで津田にここまで言われなくてはいけないのだろう。

怒りのような感情が渦巻く反面、自分の自信の無さや卑屈さに、津田の言葉が的確に突き刺さってくるのが分かる。





本当は、分かっていた。

たとえ法資が自分のことを試していたのだとしても、自分のことを気を遣わなくてもいい都合のいい女だと思っているのだとしても、そして会ってたった二日目のプロポーズだったとしても、自分はそれを飲み込むことが出来ただろうということを。

ただ法資が今まで付き合ってきた恋人たちに向けてきた感情を、ほんの少しだけでも自分にも向けてくれるのなら、本当はそれだけで自分は「はい」と言って法資を受け入れられたのだ。



夢見がち、なのだ。



いい大人のくせに、と自分でも思う。30過ぎて恋愛や結婚に夢を見ていられるような年齢でなくなってきたのも分かっている。でも言葉が欲しかった。


「愛してる」なんて大それた言葉を望んだわけじゃない。「好きだ」という言葉ですらなくてもいい。「おまえのこと嫌いじゃない」という程度の言葉でかまわなかった。自分にプロポーズしてくれた法資が、ただほんのちょっとだけでも自分に好意があると思わせてくれればそれだけでよかった。


なのに法資に鼻で笑われながら『結婚に惚れた腫れたなんていらないだろ』と言われて、気持ちが挫けてしまったのだ。


それでも自分から笑って冗談交じりに「わたしのことちょっとでも好きなら結婚してあげてもいいよ」と言える可愛げがあればよかったのだろうか。


自分じゃなにも言い出すことが出来ないくせに、法資にばかり『少しでもいいから好きになってほしい』という自分の望みを無言のうちに押し付けるなんて、臆病で格好悪くて、ほんとに痛い女だ。津田に「傲慢」などと言われるのも仕方ないことかもしれない。


でももう、すべては自分の前を通り過ぎて行ってしまった。突然自分の手の中に落ちてきたチャンスは、それがどんなに貴重なものなのか泰菜が気付く前に、砂のように指の間をすり抜けていってしまった。







「……わたしのことはもういいでしょ。今日は津田くんの話を聞くんだから」


そういって話を断ち切ると沈黙がいっそう重くなった。その重さに耐え切れなくなる前に、ひとりで暮らすその家に辿り着いた。





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