三十路で初恋、仕切り直します。
「……ちょっと待ってて。今仏壇にお供えしてくるから」
「たーちゃん。俺ね、君のことが好きだったよ」
車から降りようとすると、黙っていた津田が口を開き、突然そんなことを言い出す。
「たしかに告白した理由は誠意の欠片もない不純なものだったけど。でも付き合っていくうちにだんだんね……」
言いながら隣に座る泰菜に視線を向けてくる。明かりのない庭先に停めた車の中は薄暗く視界が悪い。それでも自分を見る津田の目の中には、高校生のとき毎日見ていた、津田の人柄を示すような明るさが宿っているのが分かった。
「本当にたーちゃんのことが好きになったんだ。たーちゃんと一緒にいると面白いし、たーちゃんは友達思いで俺にもすごくやさしかったし、誰にも気付かれないような些細なことに気付いて褒めてくれたり喜んでくれたり。だから俺はちゃんと一人の女の子として好きだったんだよ」
なんで今更そんな話なのだろう。
『俺とたーちゃん、恋人やめてともだちにならない?』そう別れを切り出したのは津田の方だった。そんな泰菜の心の内を読み取ってか、津田は笑みの中にいくらかさびしげなものを滲ませる。
「本気で好きになったから辛くなったんだ。俺のこと好きなわけじゃないたーちゃんの隣にいるのが」
「……そんなの、わたし……」
津田のことは好きだった、と思う。けれど津田は「違うよ」と言わんばかりに首を振る。
「たーちゃん、俺に恋してなかったよ。俺のこと好きだったなら、俺の気持ちに気付いてたはずだよ。でも全然気付かなかっただろ?俺にもつまらないプライドがあったから本気だって悟られないようにしてたし。たーちゃんもたーちゃんで、俺のことなんて見てなかったからね」
津田は自虐的に苦笑する。
「……ときどきさ、たーちゃん俺と一緒にいても心ここにあらずみたいになるときがあってさ。そういうときって大抵、桃木の声がした方を見てたんだよ」
まったく自覚のないことだったので指摘にうろたえてしまう。そんな泰菜の様子に、津田はますます苦笑を深める。
「やっぱ無意識だったんだ。……でもその『無意識に思わず目で追いかけてる』っていうのがさ、何よりの証拠だったよ。自分が好きな娘が、自分以外の男を見ている姿を傍で見てなきゃならないのって、すごいしんどかった。今は何を見ているのかわからないけど、たーちゃんの気持ちがどこに向いているのかは分かるつもりだよ」
「そんなこと……」
そんな無責任なこと、勝手に言わないで。
そう思うのに、後から後から法資のことが思い浮かんでくる。
桃庵に行ったとき。
泰菜が既婚か未婚かという話題をさりげなく逸らしてくれたこと。
泰菜の好物のモツ煮だけはお椀に大盛りでよそってくれたこと。
『お前に褒められるのも満更じゃないな』と笑った顔。
泰菜の好みを熟知したうえで欲しかったコンフィチュールを買ってくれたこと。
弥生にメッセージを託してまで、自分を迎えに来てくれたこと。
助手席で眠りこけても文句も言わずに運転してくれたこと。
大変だった静岡での祖父との生活を労ってくれたこと。
知らず知らずのうちに自分の身に染込んでいた、法資がさりげなく示してくれた厚意ややさしさが、後から後からじわりじわりと胸に満ちていく。