三十路で初恋、仕切り直します。
「ねえたーちゃん。高校のときもたーちゃんは『法資はわたしのことなんて眼中にないって』って言ってさ、桃木のこと絵に描いた餅扱いしてたけど。欲しいものはちゃんと欲しいって言わなきゃ」
何も答えず、胸の中だけで「もう手遅れよ」と言う。
「俺ね、たーちゃんと別れてから何人かの女の子と付き合ったけどさ。ずっとたーちゃんのことは引き摺ってたよ。自分から見切りをつけないで、もっと頑張れたんじゃないかなって、俺に向き合ってもらうために無様でも格好悪くても、もっと出来たことがあったんじゃなかったのかなってずっと思ってた。あのとき諦めて放り出した敗北感とか後悔とか苦さとかそういうものって、案外簡単には消えてくれないもんだよ?」
自分よりはるかに大人で未熟なところがないと思っていた津田ですらそうなら。自分は、この先ずっと独りで今の空虚な気持ちや苦い思いを抱えて生きていくのだろうか。
想像するだけでもその孤独に心が折れそうになる。
「……だからね、うちの奥さんと出会ったとき、俺は菜々子さんのことは絶対諦めないって決めたんだ。後悔するより玉砕の方がマシだと思ってね。菜々子さんにはさ、俺よりもずっと長い間付き合っていた本命の彼氏がいたんだ。でも二度とたーちゃんのときみたいな後悔引き摺ってたまるかって奮起して略奪して奥さんになってもらたの」
津田は嘘のように明るい声で、想像もしなかったことを口にした。明るく穏やかだとばかり思っていた津田の、思いがけない烈しい一面だ。
「今もね、俺は菜々子さんのこと諦めるつもりはないんだ。結婚した上での片思いなんて、正直者の桃木には『早く別れて次の女探せ』なんて言われちゃってるけどさ。さてと」
津田のポケットで携帯が震える。画面を確認すると、津田は思い切ったようにドアを開けた。
「そろそろ日付変わっちゃうね、降りてたーちゃんのおじいちゃんにお供えしようか」
津田に促されて車を降りる。
「わぁこれがたーちゃんの家?平屋の家なんて趣きあるなぁ」
「……足元気をつけてね。今鍵を」
開けるから、と言いかけて口が止まる。玄関先のポーチライトの下。引き戸の前に何かが置いてあるのが見えた。
「どうしたの?」
「何かしら、あれ」
近寄ってみると白い紙袋だということが分かった。時折隣家の老夫婦が旅行土産をこうして置いていくことがあたから、また飯田さんからおすそ分けのお菓子かしらと思いながらすこし大きめの袋を覗き込むと。
思わぬものが目に入る。
ピンク色のかわいらしいスイートピーの花束と。きれいな化粧箱に入った香りつきのお線香だ。