三十路で初恋、仕切り直します。

「なんだよその間抜け面」


泰菜の顔を上から覗き込んだまま法資が笑う。なにも答えられずにいると、法資は泰菜から退いて立ち上がった。


「じゃあな」


泰菜の顔も見ずにそれだけいうと、法資は大股で仏間から出て行く。

「……法資、ちょっと」

遠ざかっていく足音に、呆然としていた泰菜も我に返って慌てて起き上がる。廊下ですぐに追いつくとその腕に手を伸ばした。

「ま、待って。どこへ行くの?」

引き止めようとその腕を掴んでも、容赦なく振り払われる。


「ねえ法資、待ってってば。外真っ暗だよ」
「だからなんだっていうんだよ」

「その」法資の言葉の冷たさに、思わず首を竦めてしまう。「だからその、知ってるでしょ?ここらへん田舎だからバスもタクシーもこんな時間じゃもうないわ」


言いながら歯痒くなってくる。違う。自分が今法資に言いたいことはこんなことじゃない。言われた法資も白けきった声で答える。


「クソどうでもいいこと言いやがって。本当にムカつく女だな、お前は」


法資は背を向けたまま土間に下りて靴に足を突っ込むと玄関扉に手を掛ける。どうやら本気でこのまま出て行くつもりらしい。

一方的すぎる法資の態度に、戸惑っていた泰菜の心に怒りがふつふつと沸いてくる。引き戸を開けた法資の背中に思い余って「嫌いよ」という言葉をぶつけていた。


「わたしだって……法資のそういうとこ嫌い。昔からそうやって自分の言いたいことだけ言って、わたしが言うことなんて聞こうともしないで。法資の自分勝手なところもいちいちわたしに意地の悪いことするところも大嫌いよッ」


自分にこんな言葉を言わせている法資が憎らしく思えてきて、高ぶった感情のあまり涙声になってくる。





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