御曹司は身代わり秘書を溺愛しています


私は履いていたハイヒールを脱ぎ、あてもなく非常階段を上る。

なんだか体が鉛のように重い。

……大体、こんなよそいきのドレスを着て、どうしてどう考えても関係者以外立ち入り禁止の、薄暗い階段を上っているのかも分からない。


さっきのなに?……って、いくら恋愛未経験な私だって分かってる。あれ、いわゆるラブシーンってやつだ。

康弘さん、恋人がいたんだ……。

さっきの一部始終で発覚した、正真正銘、まぎれもない事実に、胸がきゅうっと苦しくなる。

別に康弘さんが好きで好きで仕方なかったわけじゃない。

ただ、さっきの披露宴で私にウェディングドレスのことを仄めかせたり、私の両親が『いつになったら理咲をもらってくれるんだ』なんて冗談ぽく言うのをまるで肯定するような笑顔で受け止めたりするから……。

私だって誤解してしまっていた。康弘さんが私とのことを拒んでいないのだと。


「紛らわしいよ……」


そうだよ。はっきり言えばいいのに。自分には恋人がいるから、私と結婚なんてできませんって。

そう思いながら、「やっぱり無理か」とも思う。
康弘さんの立場で、私との縁談を断るなんて多分無理だろう。

父がどれほど信頼していようと、彼は従業員だ。
経営者の父の意向に背くことなど、絶対にできなかったに違いない。

そう思えば、今まで私たちが康弘さんにしてきたことは無神経で配慮のない行動だったとも思える。

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