御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
息を潜めて扉に耳を当てる向こう側で、康弘さんの声がする。
とても事務的な、オフィスでのいつもの声。
「……君、こっちに誰か走ってこなかったか?」
誰かに話しかける声。カタカタと動くワゴンの音。
ホテルの従業員の人だろうか?
若い男性らしき声が、丁寧に返事を返す。
「いえ、こちらには誰も……。何かございましたか?」
「いや……。気のせいだな。ありがとう」
「ロイヤルスイートにご宿泊のお客様ですね。何かあればすぐにお申し付けください」
そう言ってワゴンの音は遠ざかっていく。
「なぁに?あなた、怖いの?少し神経質すぎるんじゃないの?」
「うるさいな、少し黙ってろよ」
クスクスと笑いながら、茶化すような声が近づいてくる。
なにこれ。扉の真ん前?
不機嫌そうな康弘さん。こんな康弘さんを、私は知らない。
「もしかしてお嬢ちゃんかも、なんて心配した?」
「そんなんじゃない」
「不安なの?それとも罪悪感?そんなの、すぐに吹き飛ばしてあげる。……きて」
くぐもった声のやりとり。ただならぬ男女の気配。非常階段に体を押し付ける音。
そして……やがて気配は消えた。