御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
私はぼんやりしながら、あてもなく歩みを進める。
レイチェルの言っていることが本当かどうかは分からない。
けれど、嘘にしてはあまりにも具体的な話だった。第一、海外に住む彼女が、一体どうやってちっぽけな父の会社の詳細を知ることができるだろう。
彼女が言うとおり、怜人さまが父の会社の買収を企んでいたのなら、そこからハリーに情報がまわり、レイチェルが知ることは十分考えられる。
頭の中に様々な考えが浮かぶ。とその時、思い出した出来事があった。
そういえば、康弘さんの裏切りがあった半年ほど前、見知らぬ外国の投資家が、父の会社の株を大量に買い付ける騒ぎがあったっけ。
株式のプロに任せて危機は乗り切ったはずだが、まさかそのことにも怜人さまが関係していたのだろうか。
立っている場所がぐらぐら揺れている気がする。ふらつく体を壁で支えながら、何とか前に進んだ。
全部、嘘だったの?
さっきまで私を抱いていた、優しい手を思い出す。
それから、心を惑わす甘い瞳。
全てを愛しいと思えば思うほど、今は苦しい。
パーティ会場には戻らず、そのままエスカレーターに乗る。
ホテルのグランドフロアに降り立つと、磨き上げられた大理石に、なれないヒールを履いた自分の足が映っているのが見える。
どれほど外見を偽っても、やっぱり私は本物の秘書にも、婚約者にもなれない。
偽物は偽物でしかないのだ。
無造作にヒールを脱ぎ捨て、きれいに結い上げられた髪をほどいた。
そしてそのまま、私はホテルの回転扉をぬけた。